180円大回り旅行

最終更新日:1999/04/01 
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今は亡き鳥取ミニ周遊券を使って、これも今は亡き急行「砂丘」と余部鉄橋の訪問記である。

A、混雑を忘れる(京都-姫路-相生-岡山)

朝7時台の新快速はいつも混んでいる。それは当たり前のことで、それにもかかわらず酒とつまみを持って新快速に乗った私は、ばか、以外何者でもない。おかげで京都-西明石間ビールとつまみをかかえたままたちんぼうになってしまう。そして、西明石で着席しておもむろにビール缶のふたをあけると、

見事にシェイクされたビールがじゅわ!!

のっけからひどい立ちあがりである。
そして、買ってからすでに1時間以上たったビールはすでにぬるくなってなっていた(笑)

姫路につくと、5番線に移動する。とそこには、115系と221系が4両ずつ、仲良くならんでいた。前4両が山陽本線経由岡山行き115系、後4両が播州赤穂行き221系である。もちろん221系に…とはいかなかった。だって、221系は発車が遅いのだ。泣く泣く115系にのる。
山陽本線姫路-岡山間は青春18族泣かせの区間といわれる。本数が1時間に1本しかないのだ。が、沿線人口を考えると1時間に1本で十分。増発せよ、というのは無理な話である。JRはあくまでも地域密着が重要で、青春18は基本的におまけと考えているわけだ。大垣夜行は例外中の例外と考えていいだろう。

しかし、本日のきっぷは周遊券。あまり普通電車にこだわる必要はない。特急券さえかえばどーとでもなる。新幹線は隣の駅まで自由席特急料金は、820円または930円(当時)なので、意外と出費はしない。
それで、相生-岡山間を新幹線でつなぐ。しかし、相生駅ってなにもないなあ。ひとけもないし。でも、相生と聞いてここを思いつくのは普通の人。北海道相生線北見相生を思い出す人はその道の人。(笑)

というわけで、だれもいない相生駅新幹線ホームに16両編成のひかり号が滑り込む。全体的にカーブしているのでわからないが、おそらく降りるひとはいなかったはず。新幹線乗降客ワースト10には確実に入りそう。ナンバー1は… 多分安中榛名だろうな。



B、車内販売よ、永遠に(岡山-鳥取 急行砂丘4号)

岡山からはいよいよ急行砂丘4号の人となる。半室グリーン車連結の3両編成で、うち1両だけが塗色変更されていた。(うっ、この旅行記の時間がばれそうだ…)
この砂丘6号は急行としては珍しく車内販売が乗務している。沿線の津山駅の駅弁販売業者、「吉野館」で、そこで車内販売するのは浅井さんという。以前は「みささ」「みまさか」に乗務されていたそうだが、廃止されたあとは「砂丘」に移っている。その「砂丘」も廃止された現在、どこにいったのだろうか?

そうこうしているうちに発車となり、あの有名なメロディーとともに車内放送がが入る。そして、

「この列車には車内販売が全区間乗務しております」

なんだか誇らしげだった。

さっそく、車内販売から駅弁を購入する。幕ノ内としいたけ弁当があったが、迷わずにしいたけ弁当を注文する。しいたけは苦手だが、旅行にでるとなぜか好き嫌いがなくなる。不思議なものだ。また、旅行にでると食欲そのものが落ちてしまう。あんまりありがたくないのだが、おかげで食費が安くつく、というメリットもあったりする。

ところで、駅弁とホカ弁とコンビニ弁当のちがいはわかるだろうか? まずホカ弁は新鮮さと、あたたかさが命。冷えてしまうとまずくなってしまう。その点を踏まえているのがコンビニ弁当で、ひえてしまうとホカ弁よりましになる。ただ、持たせるために保存料等を使用していることが多いうえに、やはり調理したてのほか弁にはかなわない。では、駅弁は? まず、 ひえてもおいしく食べられるように工夫されている。たとえば、松阪の焼肉弁当はひえても肉がやわらかい。どうしているのかしらんけど。そして、 日保ちが比較的きく。家に持ち帰ってもかまわない。そして、 保存料とかは添加しないものが多い。では、欠点は? まず、 日保ちをさせるために味がやや濃いこと。そして、なんといっても値段が高いことだろうか。この値段が、若者の駅弁離れを加速しているのではないだろうか?

なんか駅弁論議がえんえんと続いてしまったが、列車は津山駅を過ぎて因美線にはいる。
津山駅からは運転助士が乗務して、運転は2人乗務となる。なんでかというと…

バン!!

車体にたたきつけるような音。なんだろうか?
タブレットキャッチの音である。
タブレットとは丸いわっかのようなもので、定められた区間(閉塞区間という)このタブレットをもった列車のみが通れるようになっているのだ。これをタブレット閉塞という。

じゃあ閉塞区間の端にあたるタブレットの受け取り駅が通過の場合はどうなるのだろうか? 答えは通過中にタブレットの受け渡しをするのだ。タブレットが丸いわっかになっているのは、通過列車が駅に備え付けのタブレットキャッチャーにタブレットを入れやすいようになっているのである。そして、駅からタブレットを受け取るときは車体についているタブレットキャッチャーにわっかを差し込む。そうすると反動で、

バン!!

と、車体にたたきつける音がするのである。この仕事をするのが運転助士の仕事である。しかし、今日の運転助士はすこし違った。
車両のタブレットキャリアはつかわずに、自分のうでを使ってタブレットをつかんでいるのである。腕が痛くならないのだろうか?

もしタブレットをおとしたら?

止まって拾いなさい。

愚問でした。
しかし、川に落した場合や、お召し列車の場合は止まらなくてもいいそうな。もちろんタダじゃすまないだろうけど。

走行中にタブレットの受け渡しをするのは「砂丘」が最後で、その「砂丘」が消えた現在、この光景も過去のものとなってしまった。



C、砂丘へ

鳥取県にいくのならはやっぱり鳥取砂丘ははずせないでしょう。と、バスにゆられて約10分、つきましたよ、鳥取砂丘に。
最近は緑化が著しく、砂漠地帯がどんどん狭くなっているらしい。どこぞの国の政府が聞いたら仰天するような現象が起きている。鳥取県でも砂丘を残すことにかなり力を入れているらしく、よく新聞等で取り組みをきく。

さて、砂丘にいくとするか…まてよ、私は革靴をはいているし ブレザー姿だ。
そんなくつで砂丘はいるのは自殺行為だ(靴の)

けどゆく。

・・・ええーん、やっぱり靴に砂がはいってくるよー

そして、目の前にある砂の山。これにはのぼるっきゃない。

えっこら、えっこら
やっぱり登山には不向きなこのカッコ

ふうー。やっと上がれた。
すると、そこには日本海が広がっていたのである。私はしばらくそこにへたりこんでしばしボーゼンと日本海を見ていた…

さて、降りるときになって気がついた。
高所恐怖症の方は絶対に砂山に上ってはいけない(笑)ということを。眼下に広がる砂の大地・・・こりゃあ高所恐怖症にはこたえるわな。

かくして砂丘を出るときには、私の靴は砂まみれになってしまった。



D、新婚サン、いらっしゃい(鳥取-香住-餘部 エーデル鳥取号)

その日は鳥取市内で宿泊し、翌日、特急エーデル鳥取号で香住に向かう。しかし、見事にすいている。エーデル車特有の前面展望車をリクエストしたのだが、見事に乗客は私だけであった。

しばしの運転士気分を味わう。なかなか展望はよろしい。とくに、トンネル付近の雰囲気がばっちりと出ていて、他に乗客がいない寂しさを紛らわせてくれる。しかし、運転士気分は浜坂までであった。

浜坂には、大勢の人間が待ち構えていた。が、乗ってきたのは新婚さんと思われる夫婦二人。そう、他の人は全員見送りなのだ。その新婚カップルが展望室に入ってくる。すると、外にいる人たちが、

バンザーイ!、バンザーイ!、バンザーイ!

ううむ「究極超人あーる」の世界である…
それににこやかに手を振る新婚カップル。恥ずかしくはないだろうか。見ているこちらが恥ずかしい。たぶんJR西日本が許可したら、新婚用のオープンカーよろしく空き缶をエーデル鳥取にぶら下げてしまうにちがいない。がんがらがんがら・・・・
缶をぶら下げたエーデルを想像する。うーむ、はまりすぎだ。(笑)

エーデルが出発したのち、挨拶をする。

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「これから新婚旅行ですか?」

「ええ、ちょっとスイスまで」

いいなあ

「ところで、ちょっと見ていただきたいものがあるのですが…」

「はて」

「ドリンク剤なんですけど…」

「へ?」

「どのドリンク剤がきくんでしょうかねえ」

とおもむろに、バッグのなかから10本以上のドリンク剤をとりだす。驚いたことに、すべて種類が違う。

「あ、あのー」

「ええっと、これは長時間効くんですよ、これは即効性抜群、これは口当たりがいいんですんで女性向かな…」

おおーい、あんたは薬屋か?

「あ、あのー、これどうするんですか?」

すると変な顔をする。

「どうするって、のむんですよ。それがどうかしましたか?」

!!

まじか!!

「どうです、1本いかがですか?どうです?」

「は、はあ」

「そういえば…、あなたには、これがいいかな」

1本頂いてしまった。

この旅行記は少々古いので、セリフは完全には覚えていないが夢ではあるまい。だって、その空き瓶、いまだに私の家に残っているのだから。(さては飲んだな(笑))

香住で私は下車をする。
ちらっと、新婦サンをみる。きれいだ。しかし、あのドリンク剤の山、大丈夫なんだろうか。(なにが?) それから、心のなかでつぶやいた、

「おめでとう。末永くお幸せに。」



E、余部鉄橋賛歌

夕方、私は餘部の駅に立っていた。余部鉄橋のすぐ横に餘部駅がある。集落を渡る鉄橋としては現在でも日本でもトップクラスの高さを誇る。そして、海沿いから吹き上げてくる風。それが、あの「みやび」鉄橋落下事故につながった。昭和61年12月23日13時30分ごろ。20m以上の強風がふくなか、余部鉄橋を通過した回送「みやび」の客車7両が転落。車掌、車内販売員と転落したところにあった水産加工工場の従業員計7名が死亡することとなる。

それ以来、余部鉄橋をめぐる環境は激変した。少しの風で運転休止の措置がとられるようななり、特急のこの区間の定時運転確保が難しくなる。そして、鳥取と京阪神間は智頭急行周りの特急が整備されるようになる。また、これ以前は行っていた余部鉄橋の観光案内放送はこれを機に取りやめられ、以降復活していない。また、普通列車の定時運行確保の為に普通列車の運行形態が豊岡-鳥取通し運転から、豊岡-浜坂、浜坂-鳥取間と運行が分けられるようになる。

餘部の集落は餘部駅からかなり降りたところにある。えんえんとあぜ道を降りて行くとそこに町があった。

しかし、下から見上げる余部鉄橋はえらく高い。よくこんなところで人がすめるなあ、というのが私の感想である。昔は何両もつなげた列車が行き来していたが、現在は大半がワンマン化され、2両編成の列車が行き来する。しかし、下から見上げるとまるでディーゼルカーがまるで模型のようにみえる。

海のほうに出る。漁船はとくにいない。浜辺沿いを歩く。ひとけはない。そして、山が目の前に迫っている。このとき、列車の音が聞こえた。ふっと振り返ってみると、山をへばりつくように列車がやってきた。人間はこんなところにも線路を引いているのだな、と列車に乗っていると気がつかないことに気がつかされる。たまには乗るだけではなくて、こうやって眺めてみるのも悪くない。

さて、集落のほうに戻る。そこには、転落事故の記念碑があった。そこには転落のいきさつ等が記載されていた。思わず合掌した。「みやび」といえば、当時もっとも豪華な和風列車として名を馳せていたが、それは今でも変わらない。掘りごたつや車窓を借景にした日本庭園など、いかにもバブルの申し子であった。いや、事故になったから伝説になったかもしれないが、私も乗車歴のある一人として「みやび」は豪華だった、と書いておこう。

観音像に手を合わせている上を列車が轟音をたてて通過していった。ここの人たちは事故後、しばらくは列車通過の度に不安になったかもしれない。いや、今でも不安なのかも。



F、鳥取駅前探検(餘部-鳥取-大阪 急行だいせん)

餘部から鳥取に戻る。すでに夜は暗くなっており、帰りのだいせんまでフリータイムである。
しかし、夜8時をまわるとたとえ県庁所在地でも、ひっそりとしてしまう。パチンコをしようか。ゲーセンにいこうか…。

駅をでて、駅前通を歩くとまだあいている店を見つけた。そこには、

「大人のオモチャ」

ごくっ

いかん、先へ進もう。
進むと、ゲームセンターがある。やれやれ。

1回100円である。高い。地元京都は50円が相場である。(京都ジョイポリスは100円だね)
テトリスとぷよぷよですごす。これが好きだから、というよりこれしかやるものがないだけである。私は格闘ゲームは嫌いだ。
しかし、新風俗営業法により営業時間は12時までで追い出される。だいせんの発車は1時。しゃあない。駅の待合室ですごすか。

しかしである。待合室がない。それどころかコンコースに座るところすらない。改札口は開いているが、上がる気にはならない。仕方がないからホームでただずむ。電気はすでに大半が消えていて薄暗い。はっきりいって女性には酷であろう。
そうこうしているうちにだいせんがやってくる。自由席に腰を下ろした瞬間、それこそ崩れるように眠ってしまった。




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