これは、オーシャンアロー氏が大阪近郊区間大回り旅行をしたときの記録です。なお、写真がないので文章ばかりになっていますが、その点は御了承ください。
0.プロローグ
98年12月に、大阪近郊区間が拡大された。これは、99年2月からのJスルー導入のいわば前準備といえるものだが、120円旅行という言葉の懐かしい響き(そういえば昔一人旅の練習にやったことがあるなあ)、また最近お金がなくて大した旅行もできないという現実とが相まって、出かける気になった。レトロフューチャー(これは某空港特急のデザインコンセプトです)な気持ちで、この一見お手軽な(?)新120円旅行に旅立ったのであった。
1.プランニング
まず120円旅行であるからには、120円きっぷを使用しなければならない。次に、私は朝に弱いので遠くの駅から出発できない。さらに、120円旅行なんだから、120円以上交通費を使いたくない(要するにびんぼー症である)。で、家に近い環状線のT駅発とした(プライバシー保護のため具体的に書きません)。着駅は、もちろん120円区間内のT駅である(これで、バレるな)。経路は、図でどうぞ。
なお、旅行日は1月15日。成人の日でした。成人式か。わしにもそんな頃があったのう。その日は何をしていたかって?もちろん、旅行である(加古川線あたりに乗ってました)。
2.京橋→尼崎(JR東西線)
京橋発8:17の列車(当然207系である)は、普通の西明石行き。どうせ、快速だろうが普通だろうが、東西線内は各停だからどうでもいい。よく考えると、この路線には結構乗っている。開業当初は、こんな路線(運転系統も含めて)は片町線沿線の人間しか使わないと思っていたのに。市営地下鉄よりも安いからだろうか。
それにしても、出るのが早すぎた。何を基準にプランを組んだかというと、実は湖西線の永原〜近江塩津間なのだ。尼崎に着くのは、8:34。そこから、京都方面行きの快速にでも乗って、京都に着くのは9時半ぐらいか?でも、京都発の列車は10時過ぎ。時間が余るではないか。京都で、調整しよう。と、顔を上げると北新地を既に出ていた。
3.尼崎→京都(JR神戸線・JR京都線)
ここから、京都へは新快速を使うのが普通である。でも、時間が余っていることと、221系はあまり好きでない(注1)という理由で、快速を待った(なぜって、113系狙いである)。だが、来たのはやっぱり221系であった。次を待とうかとも思ったが、こんな駅にいても退屈なので仕方なく乗る。
8:47、尼崎を出る。大阪駅で、客が入れ替わるから座れる(地元民の知識)と思ったら、席が空かない。なぜだ!新大阪でもあまり降りない。席を確保したのは高槻だった。山崎を過ぎ、外側から新快速がかわして行く。あっ、223系だ。待てばよかったか?
4.京都→近江塩津(湖西線)
9:33、221系快速を降りる。なんだか損した気分だ(そんなにボロの113系がいいのか?)。だって、ここの113系はもうすぐ消えるから(注2)。でも、今度こそは113系に乗れるぞ。だが、見慣れた駅での30分は結構退屈だった。それに、あの建物(京都駅ビルのこと)は未だに構造が把握できないので、遭難するのを恐れてホームに留まる。
9:46、京都止の列車が入って来た。8連を4連に切り離し、堅田行きになる模様。9:54、堅田行きがもと来た道を走って行く。残りの4連がまだ同じ線路に止まっていた。なぜ車庫に帰らないんだろうと思っていたら、なんとこれが10:16発の永原行き、つまりこれから乗る列車になるのだった。器用なことをするものだ。
4連の永原行きは、そこそこの乗客を乗せて京都を出発した。山科の駅を過ぎ、快調に飛ばす(とはいえ、113系5700番代の足だが)。このスピードで、分岐するのか?と、心配していたらちゃんと分岐点の手前で突如スローダウン。トンネルに入ると、やっぱり寝てしまった。この湖西線は、基本的に特急のためのルートだから(ぱーぱーさんはじめ地元のみなさんごめんなさい)(注3)作りがいい。寝るのには最適だ(景色を見なさい、琵琶湖を見なさい)。だって、曇っててよく見えないもん。
以前は、近江舞子を過ぎると半自動ドア扱いになったが(12月1日〜3月31日)、この電車のドアには何も書いてない。正しくは、あったはずのステッカーがはがされている。てことは、永原までドアを開放するのか?どうせ誰も降りないのに。次の列車は、近江今津発だから、今津で降りよう。
11:22、近江今津着。次の列車まで30分近くある。普通なら、改札を出るところだが(単なる習性です)、悲しいかな出られない。出れば、120円きっぷがなくなる。どころか、1000円以上払わなくてはならない。仕方なく、ホームに留まることに。だが、さすがにここまで来ると寒い。多少ながら雪も積もっている。さすがは湖北だ。ふと隣のホームを見ると、折り返しの新快速(しかも223系)が止まっている。でも、表示がなんだかおかしい。東西線経由姫路行き?どーやってこんなところから東西線に入っていくのだろう。京都から奈良線に入って、木津から片町線に入って2回方向転換すればいけるな、などと考えを巡らせているうちに、ただの姫路行きになってしまった。カメラ持ってくればよかった。残念。寒さに耐えかね、待合室にこもっていたが、到着10分前にホームに出る。寒い。手袋持って来てよかった。
次の列車は、敦賀行き。車両は、413系。なんじゃこれは。見たのは初めてなもので。もちろん、半自動ドアである。それにしても、何だが客がやたらと多いよう何がする。みんなどこへ行くのだろう?
11:49、近江今津を出る。窓が曇っていて外がよく見えない。それでも、北上するにつれますます本物の銀世界へと入っていく。113系じゃなくてよかった。今津では電留線ぐらいにしかなかった雪が、線路上に積もっている。ホームももちろん積もっている。4両分だけ雪をかいてあるが、後は完全に埋もれている。(注4)120円旅行でこんな光景に会えるとは。
永原を過ぎて、いよいよ交流区間に入る。以前はトンネル内で電源を切られたことがあるが、今度は大丈夫、外で切ってくれた。期待していた「あっ、停電や」の声はなかった。(注5)みんな常連客のようだ。
5.近江塩津→長浜(北陸本線)
12:10近江塩津着。この旅行の最難関をクリアできた。このプランは、この永原越え(と呼んでいいのだろうか)を中心に考えたといってよい。いや、この部分を除けばプランなど組まなくてもよいくらいだ。何も考えずに来て、永原(または近江塩津)で泣いた人もいることと思う(心中お察しします)。どちらでハマるのがましか。近江塩津を薦める(そういう問題か?)。理由は、まずトイレがあること、そして駅前の道路にジュースの自販機があることである。追加情報としては、永原には乗車駅証明書発行機があり、近江塩津にはザラ紙の発駅証明書がある(取り放題?)。
さて、どうせ1人しか降りないだろうと思っていたが、意外にもぞろぞろと20人ばかり降りて来た。おそらく半数の客が降りたのではなかろうか。この人たちはどこへ行くのだろうか?人のことを言えた立場ではないが。みんな、米原方面ののりばへ移動していく。こんな駅で乗り換えするとは。もっとも、この駅でこれだけの人が降りたら、その方が驚きだが。
次は、12:34発の長浜行き。以前は、こんなところでは止まらなかったのに、どういうわけかここまで直流化されてしまったので、敦賀以北へ向かうほとんどの列車は長浜発になってしまった。長浜は、米原ほど大した設備がないので(食堂・売店など)、あまりありがたくない。全く、大阪中心の系統の組み方である。それはともかく、近江塩津の駅は完全に雪に埋もれていた。列車が止まる3両分の部分だけ雪が除かれているが、後は見事に雪が積もっている。子供がほとんど手つかずの雪の上で遊んでいる。子供は元気だ。時間もあるし、トイレもあることだから(もっとも列車内にもあるけれど)駅を出て缶コーヒーを買いに行く。近距離きっぷでは原則として途中下車はできないが、『列車等の接続駅で、接続関係等の理由により、旅客が下車を希望する場合』などは、出場できるはずである。でも、駅員がいないんだよなあ(運転係員ならいるんだけど)。まあ、いいや(本当にいいのか?)。一息ついて、ようやくやってきた長浜行きの419系に乗り込む。
この列車も随分と混んでいる。まさか、こんな区間にこれだけの人がいるとは。どうにかドア横のロングシートに腰を下ろす。どうも落ち着かない。寝台列車のステータスシンボルともいうべき(大げさか)折戸の横にいすがあるなんて。ふと、客室の方を見ると(昔からの客室という意味である)、上段寝台が固定されている。ご丁寧に網棚まで付いている。もう、これではどうがんばっても使えないな。車窓はというと、相変わらずの雪景色。さすがは湖北(それはもういいから)。向かいのシートの子供が、同行のおじいさんらしき人に何やら自分の知識をひけらかしている。一瞬、生意気なと思いかけたが、よく考えれば私も恐らくはこんな子供だったかもしれないと思い直した。いつの間にか寝てしまったようで、まどろみから覚めると、あれだけ積もっていた雪はいつのまにやら消え失せていた。12:59、長浜到着。やはり、乗換駅としては少し寂しい駅だ。同じ電車から降りた人々が降りていく。ここが目的地だったのか。
6.長浜→草津(北陸本線・琵琶湖線)
ここからは、直流区間となる。どうも実感がないのは、年のせいだろうか(一応20代なんですが)。構内に停車している221系を見ると、ここから琵琶湖線に入るんだなという気持ちも湧いてくるような、そうでもないような。本当は、米原までが北陸本線なのだが、なぜかここが琵琶湖線の終点ともなっている。愛称だから気にしないでおこう。さて、これより221系新快速に乗っていざ草津へ、と思ってのりばへ向かうと止まっているのは113系。しかも、行き先が米原。別のホームから出るのかとも思ったが、間違っているようではないし…と悩んでいると、車内放送が聞こえてきた。
「本日は、都合により次の新快速電車は米原発となります。新快速ご利用の方は、この列車にご乗車の上、米原でお乗り換え下さい(確かこんな感じだったと思う)。」
そんな放送を発車間際にするな!あわてて乗る。
というわけで、なぜか新快速米原行きと案内される113系の米原行き(もちろん各停である)で、13:09、長浜を出る。13:18、米原着。なるほど、隣には223系新快速が止まっている。だが、このまま乗っても草津で30分も待たねばならない。ならば、ゆっくり快速で行こう。ところが、次の快速もなんと221系。余程好かれているらしい。
13:34、米原を出る。わりと見慣れた湖東盆地の風景を確かめながらたいていは寝る区間であるが)、14:17、草津に到着。次の草津線、柘植行きは既に5番線に止まっていた。急がねば。でも、やっぱり座れなかった。
7.草津→柘植(草津線)
14:22、草津を出る。手原の手前で、今日初めて聞く車内放送に思わず戦慄が走る?
「ただ今から、車内に伺って、乗車券を拝見いたします。」
来た!さあ、どうやって説明しようかな、キセルだと因縁付けられたらどうしよう、などとウキウキしながら(どこがだよ)待っていた。そして、甲西を過ぎてついに車掌さんがやってきた。だが、しかし、顔に出ていたのだろうか、それとも人が多すぎたからか、無視されてしまった。
え〜ん、この緊張感をどうしてくれるんだ〜<。
貴生川から走る信楽高原鐵道のJR方連絡線の入れ換え信号に今なお貼り付けられたペケマークに頷きつつ(理由は申しません)列車は行く。う〜ん、山の中ってやっぱり退屈だ。15:04、柘植着。さすがに山の中は寒かった。でも、雪は見られなかった。
8.柘植→奈良(関西本線・大和路線)
ある程度予想はしていたが、本当に何もない駅だ。改札内にジュースの販売機でもあればまた気分が違うのだが。今度は、しっかりと駅員がいるので外に出られない。寒いが、待合室がないので吹きっさらしである。こんな駅で20分以上待つというのも随分と根性がいるものである。そのうち、あることに気が付いた。近江塩津で見た初老の夫婦連れ、そして同じような趣味と思しき人を発見したのである。偶然にしては、あまりにそっくりだ。ここまでほぼ休憩なしで来たから、全く同じ行動をとらなければいるはずのない人たちである。きっと、相手も私を見て同じことを思ったに違いない。恐るべし、鉄道マニア(人のことを言えた義理か)。
今度の列車は、加茂行き。奈良行きでないところが…やめよう、さらに年寄り臭くなる。15:30、木立の向こうから現れたのは、120系DCの2両編成であった。
この区間では、なぜかオールロングシート車に当たることが多いのだが、今回はセミロング車が付いていた。でも、座るのはやはりロングシートなのであった。混んでいるので、セオリーに従い2両目に移動する(当然、ワンマンカーである)。(注6) さすが、高性能車だけあって加速がいい、速い。58系とは随分と違う。と、今さらながら感激してしまった。16:23、加茂到着。慣れた足取りで、隣の221系大和路快速に乗り換える。この列車に乗り続ければ、家まで帰れるのだが。そんなことが頭の隅をよぎる。すぐの発車で、加茂発16:25。
さすがにこの時間にもなれば、車窓は闇に包まれようとしている。もうすぐ、寝る時間だな(こらこら)。16:40、奈良着。
9.奈良→和歌山(桜井線・和歌山線)
これまた、休む間もなく、16:42発の桜井線回りの王寺行きに乗り換え。同一ホームの乗り換えだから楽勝だと思っていたら、桜井線のりばは橋を渡って向かいのホームであった。どうにか乗り込む(駆け込み乗車はやめましょう)。車窓はますます暗くなって行く。周りを見回せば、家路についているらしい人ばかり。
これから私はどこへ行くのでしょう?
17:29、高田着。
外は既に暗い。そして、何よりも寒い!
風も吹いている。風を避けるため、橋上駅舎のコンコースに上がる。多少はましだが、まだ寒い。おまけに、少ないベンチはふさがっているし、売店からはおいしそうな肉まんのにおいが。精神衛生上よろしくないので、ホームに降りる(改札の駅員の視線も気になったので)。
17:53発の和歌山行きは、またしても105系。とはいえ、このエリアでは、他の車両には乗れない。昔は、ライトグレーに鳥居色(?)の113系も走っていたのに。余談だが、和歌山〜和歌山市間の区間運転列車もこの105系である。221系の4連でも走ってくれれば、また気分が変わってよいと思うのだが(トイレも付いてるし)。もう、外は真っ暗だし、北宇智のスイッチバックを過ぎれば見るべきものもない。
ところが、ここへ来てついに待望のイベントが発生した(RPGか)。
車内検札が来たのであった。しかも、抜き打ちで。西笠田のあたりだったかな?半分寝ていたのでよく覚えていないが。きっぷを見せると、案の定変な顔をした。そして、どこまで行くの?と訊ねてきた。サスペンドモードに入っていた脳を起こしながら、得意げに乗車区間を説明しようとすると、それはいいからどちらまで?と先制攻撃を喰らってしまった。聞きたくないらしい。それとも、こんなことをする奴ならミスはあるまいという信頼なのだろうか。
無事にイベントを終了して(だからRPGじゃないってば)、再び眠りにつく。19:50、和歌山到着。長すぎるぞ、和歌山線。
10.和歌山→天王寺(阪和線)
この旅行もこれでやっと終わりとなる。なんだか長い感じがしたが、その割に旅行をした充実感が少ない。何度も乗った路線を回っているのだから、当たり前かもしれないが。20:06発の快速天王寺行きは、やっぱり103系。113系を期待する方がむしろ無茶というものであろう。今なら223系もあり得たのだが、(注7)いつ消えてもおかしくない103系だから(いつ消えるか分からないが)、ありがたく乗ることにしよう。
実は、時間が合えば特急に乗ろうと思っていたのだが、幸か不幸か特急は私が和歌山に到着する1分前(!)に出ていたのである。慣れているはずだが、やはりロングシートでの1時間は疲れる。既に車窓を楽しむ余裕はなく(もっとも真っ暗だし、たいていは記憶している)、寝る。さすがに車内検札に邪魔されることもなく、休むことができた。
21:08、天王寺到着。今度阪和線に乗るときは絶対特急に乗ってやる、と思いも新たに環状線11番ホームへと疲れた体を引きずっていくのであった。
11.エピローグ
環状内回り線の内回り方面行き(グルグル回る列車の行き先など、どう説明するのだろうか)は、やっぱり103系(しか走っていない)。と思っていたら、後ろ半分があのリニューアル改造車(笑)だった。
最後の最後にオチを用意してくれてありがとお、JR西日本!
すぐ降りなければならないのが、残念である。1周してもいいのだが、それではせっかくの一筆書きが壊れてしまうし、なによりそんな元気は残っていなかった。明日は、会社に行かなければならないのに。やっと、120円きっぷで降りられる駅に着いて、改札口へ向かう。駅員にきっぷを見せてまたキツネにつままれたような顔を見たかったが(12時間以上前の120円きっぷほど怪しいものはない)、悲しいかな、大阪環状線は自動改札機完備なのであった。しばらく考えた後、きっぷを自動改札機に放り込んで(よく見れば珍しいきっぷでもないから)、今度こそ家路を急ぐのであった。
ぱーぱー注
- (注1)・・・オーシャンアロー氏は221系が嫌いである。理由は「ヨーダンパがないから」だそうな。ところで最近221系にもヨーダンパ付の車両が出現してるんだけど。
- (注2)・・・99年6月現在、113系は現在もJR京都線上を爆走しております。当分はこの姿は見られると思いますが・・・
- (注3)・・・私(ぱーぱー)は琵琶湖のほとりに住んでマス。
- (注4)・・・永原には8両編成も入るはずだが、このときはどうするんだろう。人間ラッセルか?(爆)
- (注5)・・・デッドセクションのこと、電気方式が直流から交流にかわるので、その間に死電区間を設け、その間に電車は交直切り替えをするのです。その間は車内の電気が消えます。
- (注6)・・・2両編成のワンマンカーの場合、無人駅では2両目のドアが開かないし、出口は一番前となる。そのため地元客は前の車両に集中するのである。
- (注7)・・・1999年5月10日、ダイヤ改正により大阪〜和歌山直通の紀州路快速が設定されました。使用車種は転換クロスシート装備の223系0、2500番台車です。
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