これは東日本を99年の夏に東北、関東、中部と東日本を3泊4日で走破したときの旅行記です。この旅行は出会いの旅(ん?)でもありました。
一部、「青春18きっぷ友の会」のオフ会の写真を流用しています。これらの写真は著作権者のHOMER氏に許諾を頂きましたが、絶対流用しないようにお願いいたします。
まずは行程〜いきなし失敗。
日程は会社の都合上8月5日の晩に出て、8日に戻ってくる行程とした。事実上3日で一周してくるのはいささかキツイものがあるが、これも社会人の宿命である。そして目的はネット上の知り合いであるたっこサマのお誘いもありねぶた見物、となった。
また、これも懇意にしている「青春18きっぷ友の会」のオフ会の参加が8日となっているのでこれも行程にいれ、そしてできたら仙台の七夕も見たいという3日としてはかなりよくばりなコースとなっている。
で、行程としては大雑把にかくと
京都〜(臨時寝台急行東北夏祭り号)〜青森
〜ねぶた見物〜
青森〜(臨時寝台急行夏祭り北東北)〜仙台
〜七夕見物〜
仙台〜(東北新幹線)〜東京
〜ここから「青春18きっぷ友の会」オフ会参加〜
東京〜(ムーンライトながら)〜名古屋
名古屋〜(東海道線新快速)〜豊橋
豊橋〜(飯田線普通)〜下山村
〜電車と競争(詳しくは後ほど)〜
伊那上郷〜(飯田線普通)〜岡谷
〜ここでオフ会から離れて〜
岡谷〜(中央線普通)〜塩尻
塩尻〜(ワイドビューしなの)〜名古屋
名古屋〜(東海道新幹線)〜京都
まあ、ほんとに大雑把な計画なこと(爆) ただ、「東北夏祭り」と「夏祭り北東北」は寝台専用電車だからあらかじめ寝台を取っておく。京都8月5日19:03発の「東北夏祭り」と、青森8月6日1:52発の「夏祭り北東北」をとった。両方ともあっさり取れた、取れたのだが・・・
8月2日これもネットで知り合ったまことサマと会う。彼は金沢の大学一日体験入学と観光で京都にきていた。金沢は37度あったそうで、暑いとのこと。自分は仕事だったので、とりあえず京都駅地下街(ポルタ)の喫茶店で話をする。そこで今回のお話をする。
そこではたと気づいた。寝台券を見て
「東北夏祭り号」8月6日京都発19:03発
「お祭り北東北」8月6日青森発1:52発
?????
これって、「お祭り北東北」に乗れないのでは? だって8月6日朝に「東北夏祭り号」が青森に着く(9:16着)8時間前にすでに「お祭り北東北」が出ているではないか?
その日は8月2日。真っ青になってみどりの窓口にいく。3日前だ。
とりあえず、6日発「お祭り北東北」を7日0:02発「北斗星2号」に変更する。4日前なのだが結果は、なんと取れた。ただし個室じゃあなかったけど。この際文句は言ってられない。ただ上野に向かったので仙台七夕は今回取りやめ(T_T)
なんともらしからぬミスをしてしまったものだ。
今度は東京で1日浮いてしまう。どうしようか? あとで考えよう(笑)
というわけで今回は京都発京都行き片道きっぷ一枚と青春18きっぷ1枚を用意することとなる。
青森は暑いか涼しいか(大阪〜青森、寝台急行東北夏祭り号)
京都発19:02発。臨時寝台急行「東北夏祭り号」は定刻に発車した。583系寝台電車である。この電車は3段寝台と非常に狭いのであるが、ベッド幅は下段でなんと1m6cmもある。これならばどんなに寝相が悪くてもベッドから落ちるということはあるまい。(上、中段の幅は70cm)
さて、列車は快調に飛ばしていく。下段を取った私は照明を消して、しばしぼ〜としていたのだが、サロンカーがあるということでビールとつまみを持ってそちらに向かう。車内販売はないので、あらかじめビールやつまみは持ち込んでいる。
サロンカーはほぼ満席であった。サロンカーといってももともとグリーン車だったのでフルリクライニングシートが並んでいる。ただ車両の両端にソファーとテーブルがあり、そこではグループ客がすでに宴会を行っていた。
自分もビールとつまみをかかえてシートに腰をおろす。飲み食いしながら今度の予定を立てる。特に東京での行動が決まっていない。さてどうしようか?
しばらくして自分のベッドに戻り、浴衣に着替えて横になる。しゃわーなんていう大それた施設はついていないから、とりあえずは寝るだけである。うん。けど眠れない。(苦笑)
だって、去年のアノこと(南東北旅行参照)が思い出されてしまうからだ。けど、夜12時を回り親不知の海を見てから急速に眠くなり、朝起きたのはなんと朝9時前、弘前を過ぎてからであった。
弘前を過ぎると川部と終点青森しかない。時間にして約30分ほどである。あわてて飛び起きて洗顔、歯磨き、着替えそして荷物の整理をすると、
「まもなく終着駅、青森でございます。お忘れ物ないようにお降り御支度願います。」
おいおいおい、結局ロクに列車の感想も言えずに終着駅についてしまった〜(+_+)
青森駅に降り立つ、車内より涼しい。車内はクーラーが効いていてさほど暑くはなかったのに降りてさらに涼しく感じるのはさすが北国。もっともあとでたっこサマが
「今日も暑いですね」
と言われたときにはちょっとびびったけど。
青森1日放蕩記(爆)
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レインボーブリッジ、下から見ると高さは実感できないもんである。青森駅をまたぐ。
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もと青函連絡船八甲田丸。累積赤字がかさみ、閉館の危機なあるとか。
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青森の新名所。三角形の建物がいやでも目につく、左下のテントで昼間はねぶたが保管される。
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フラッシュなしでなんとか写ったこの1枚。まさかカメラもバッテリー切れおこすとは・・・(苦笑)
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さて、ここでやはりネットで知り合いになったたっこサマ(女性です)と待ち合わせる約束になっている。改札を出てちょっと立ちすくむ。
きょろきょろきょろ
すると、小柄なかわいい顔をした方が声をかけてきた。
「ぱーぱーさん?」
はい。
たっこサマははねとのレンタルパンフレットをもっていた。ただ、自分ははねるかはねまいか悩んでいた。というのは7月下旬から体調を崩して病み上がりのままきたので体力的な不安があったのだ。それと2日後に体力勝負(電車と競争)が控えていたので、迷っていたのである。
えっ、はねと? はねととは、ねぶたの周りで飛んだりはねたりして大騒ぎ(ごめん!!)している方たちのこと、実は一般の観光客も参加できるのだ。テレビでみたことあるでしょ?
迷ったあげく、今回は見送ることにした。わが身かわいさというべきか。もっともたっこサマはちょっと不満げだったような感じだったけど。
青森駅前にはいろいろなテントがでていた。観光協会のものや、お土産などさすがねぶたの真っ最中なだけある。適当にパンフをいただいて、たっこサマといったん分かれ(なんと会社を抜け出してこられたそうな)夕方まで一人でうろつき回ることになった。
さて、とりあえずレインボーブリッジ方面に向かって歩く。というより青森駅を出てから気にはなっていたので自然と足が向いてしまう。
が、レインボーブリッジの向こう側に見えるのは八甲田丸ではないか。
青函連絡船は何度か乗ったことがあるのだが、最近は乗ったことがない(あたりまえだ)のでちょっと懐かしくなってそちらのほうに向かった。
八甲田丸は堂々としていた。といったらいいすぎか。自分は連絡船経験は何度かあるのだが、自分の青函連絡船経験といえば、台風の中で出航して座敷席のなかでころころと転がっていた経験(爆)と、乗客の大半があまりのゆれによる船酔いによってみんな真っ青になっていた(もちろんトイレでは… 何もいうまい) まあ楽しいといえば楽しかったんだけどね。(みんなは怖かったといってたけど、当時自分はまだまだ子供だったから)
でもそのころに比べると今日の八甲田丸は… こじんまりしてみえた。
船の中で乗船券?を買い。船内に入る。青函連絡船をはじめとする鉄道連絡船の歴史が主に展示されていた。また、あの洞爺丸のこと、そしてその後の連絡船(ジャパニーズドリームなど)なんかが興味をそそられた。そして現役当時の座席等も一部残されているほか、寝台室、ブリッジ等も公開され、さらには車両甲板には国鉄時代の車両が展示、さらにエンジンルーム(よくわからんけど)も公開されていた。
その中で興味を引いたのが煙突。JNRマークをつけていたあの煙突だが、なんとあそこが展望デッキになっていた。これには意表を突かれた。まさか、船で一番高いところに上れるとは思ってもいなかったものでねえ。
煙突展望台から見て気になったもの、それは黄色に塗られたキハ58、28である。たぶん廃車になった車両を青森市あたりが買い取って公園にしたのだろうけど、ちょっと気になったのでそちらに向かった。
推定される気温は30度、京都ではどってことない気温だがそれでも日なたにいると暑い。んで、例のキハ58はというと、車内は開放されていたもののもちろん冷房がないものだから蒸し風呂状態。車内もお世辞にもきれいとはいえず。車内にはだれもいなかった。もっとも車両のまわりに、なにやらカップルがぞろぞろいたけどここはデートスポットなんだろうか?
さて、そこからレインボーブリッジに向かう。青森のレインボーブリッジは一般道の扱いなのでもちろん歩道もある。八甲田丸の近くに橋に上がる階段があった。
階段を上がる。結構な高さである。どう表現したらいいのだろうか? 上に上がると八甲田丸を余裕で見下ろせる高さである。(これでわかったかな?)
そして、先にそびえる三角の建物、そうこれがアスバムである。次なる目的地アスバムに向かって歩き出した。
アスバムのまわりにはテント小屋がある。そして、そこには… そう、ねぶたがおいてあったのだ。夕方から繰り出すねぶたも昼間はここで保管されているわけである。なかには公開されているねぶたもあってひっきりなしに観光客が写真をとっていた。
アスバムの中には物産会館もあり、お土産などが豊富にそろっている。もちろんねぶたのシーズンだから観光客でごった返しており土産も飛ぶように売れている様子。自分もここでお土産を購入。とりあえず無難にりんご饅頭と南部せんべいとした。げてものを買ってもいいけど、あとでぶーぶー言われるかも知れないからね。
アスバムにはその他、いろいろな施設があり有料のものもある、が、どうもいく気になれない。なにせ一人旅で周りがカップルや家族連れだらけの展望台に登っても違和感ありありだし、そうまでしてお金を使いたいとは思わない。その他の施設は次回誰かときたときのお楽しみとして今回はパスすることにした。
さて、一人で行動するときはどうするか?
こういうときは自分の足でうろうろするに限る。別にガイドブックを参考にする気はさらさらないし(ガイドブックは一人旅はあんまし考えてないもので)、他に気にかける必要もないのでとにかくてくてく歩く。それで、なにか掘り出し物がみつかればいいのだけど、別になくたって損をしたとは思わない。お金かけてないし(さっきからそればっか)、とにかくその土地の雰囲気は確実に味わえるわけだから(ほとんど松尾芭蕉の気分) 自分はこれでいいと思っている。まあ、こればかりは人によりけりなんだけど。
というわけで、海岸沿いをてくてく歩く。まあ、海岸線を歩くのは大好きである。無人島一周なんかもしたことあるし。
もっとも、お土産とノートパソコン(おい…)を抱えててくてく歩くのは少々きつい。PCは重量2.5kg、そしてお土産を抱えて歩く姿ははたから見るときっと変だろう。だいたいたっこサマ別れたのが10:00ごろ、そして16:00ごろまで延々と歩きつづけていた。
いつものペースで歩いていたのだが、荷物を抱えていたこと、病み上がりなことがやっぱり疲れを倍増させた。とくにめぼしいものもないまま、とあるバス停でついに立ち止まってしまった。これが2日あとに響いてくる。
もう16:00なのでそろそろ青森駅に戻らないといけない。たっこサマとの約束が18:00なのでそろそろ戻ろう。しかも前日から風呂入ってないのに汗びっしょりになって気持ちが悪い。一風呂浴びたいものだ。
ところが、やってきた青森駅ゆきのバスはなんと非冷房車だった。さすが北国。でもこの熱くなった体にクーラーは体に悪いので自然の風のほうがいい、なんていうのはうそで冷房がなんてありがたいもんだと再確認したのであった。
青森駅につくと、はねとの衣装をきてチリリンチリリンと鈴がなる娘さんの姿がやけに目立つようになった。もうすぐねぶたの始まりである。
自分は風呂に入るべく、本屋に向かう。
ここで簡単な駅前銭湯の見つけ方を伝授しよう。
- 本屋で駅前の地図をみて、駅近くの町名を見る。(町案内板でもいい)
- 公衆電話のイエローページで銭湯、温泉で探し、さっきの町名の住所であったならばそこに電話をかけ、やっているかどうか、そして銭湯までの道を聞く。
これでばっちりである。今回もこの方法で銭湯をみつけ、確認してそちらに向かった。
そこの銭湯は、一昔前の銭湯といった感じで番台があって風呂の中にはタイルで壁画か描かれていた。サウナもついている。が、客がいない。番台に350円を払って一人っきりのお風呂を楽しんだ。もちろんサウナもした。
さて、すっきりした後に青森駅に戻り、本屋で立ち読み。ねぶたのことを調べる。それによると、はねたあとは次の日足腰が立たなくなるそうな。
ぞ、ぞ〜
もしやっていたら… あとの行程がずたずたになってしまったに違いない。
さて、18:00過ぎにたっこサマと再び会って、いよいよねぶた見物に向かう。
18:20開始なのだが、すでにねぶた巡行路の道路わきは人で埋まっている。たっこサマはござをも用意してくれたのだが、とてもじゃないが座って見物するどころではない。
とりあえず、とある交差点で立って見ることになった。
たっこサマはおにぎりにビールを用意してくれていた。いや〜 なんとも言葉には言いがたい。なんともありがたいことです。もっともこれは座って見物することが前提であって、立ちんぼうのままでは、ビールを右手におにぎりを左手にもって見ることとなる。そのときはあまり気にならなかったのだけど、あとで考えてみたらなんともしまりのない?カッコだったに違いない。
気温は28度、いよいよねぶたの始まりである。掛け声とともに、はねるはねこ達、そして太鼓をたたく人たち、そしてねぶたそのものを動かす人たち、もう活気で気温は35度?と思われるぐらい熱く燃えていた。 テレビでみるねぶたはあまり動きのないまつりだなあと思っていたけど実際にみると全く違う。
みんなが必死になっているようすがよくわかる。あいにく観客の後ろのほうで立って見ていたので、はねこの動きを完全にみることは難しいがそれでも熱気だけで激しさが伝わってくる。
そしてねぶた登場。アスバムに保管されていたねぶたに電照を施して練り歩く。そして交差点ではぐるぐるに引き回して観客の喝采を浴びた。やはり生でみるのとテレビでみるのとでは全然違う。最初のうちはビールを飲んだり、雑談していたりしていたのだがねぶたのすごさに時間を忘れてしまった。気が付くともう18:20分、最後のねぶたがいったときにはあっという間に時間が過ぎたような気がした。
ここでお間抜け。一応カメラを用意したのであるが、なんとフラッシュのバッテリーが切れていたのである。はたしてちゃんと写ったのだろうか? あまりカメラに執着はしないのではあるが。もし写らなかったら… もったいない。結果はごらんのとおり。
ねぶたが終わったのち、たっこサマと食べにいく。最初はたっこサマおすすめの海鮮料理の店に行く予定だったけど、混雑していたので予定変更。居酒屋となった。
それ以前に明日の東京での行動を確認するためにまことサマに連絡を入れる。そう、明日の東京での行動はまことサマと1日東京近郊巡りをすることとなったのである。(急に呼び出してまことサマ、ごめんなさい) で、メールで時間等の確認をするために公衆電話でPCを起動してネットにつなぐ…
が、なんだか様子がおかしい。
よく見るとバッテリーの残が残り1%になっているではないか… これはまずい、とりあえず最後の力を振り絞ってメールチェックして、さあ、早急にまことサマにメールをだすぞ!! といったところでついにPCが力尽きてしまった。(泣)
ぐああああん〜、なんで〜!なんで〜!!なんで〜!!!
まだ、まことサマには集合時間等は伝えていない。まことサマのtel番号はわからないので連絡のしようがない。そこで、たっこサマに代筆してもらうことになった。
さて居酒屋でたっこサマと雑談し(主にネット関連の話でした。)、23:00頃に青森駅に向かう。代金を払おうとするが、たっこサマが払ってくれた。女性におごってもらうのはなんだかなあ〜と思ったのだが、
「今度2倍おごってもらうからね」
… これは私が聞いた言葉、ただ実際は
「今度3倍おごってもらうからね」
とおっしゃったらしい。(酔ってたせいかよく覚えていない。) え? 3倍?
まいりました。
さて、青森駅に向かい、そこの待合室でしばらくただずむ。そして、ビールを餞別に(笑)たっこサマと別れて青森駅ホームに上がった。
朝定食は高いか安いか(青森〜上野、北斗星2号)
北斗星は実は初めての乗車となる。それは当然か、関西圏に住んでいる人間がなかなか乗る機会なんぞないものでね。で、個室ではなく、開放型の下段である。最初のいきさつがあったので個室は取れなかったのである。
もう0時を回っており、早々と検札を受けてベッドにもぐりこむ。たっこサマから頂いたビールを飲むと、すぐに眠気が襲ってきてすぐにばたんきゅ〜してしまった。
朝、車掌のおはよう放送で目がさめた。7:00過ぎである。だいたいおはよう放送は朝7:00が通例となっており、これは30年以上変わっていない。
寝ぼけなまこで起き上がり、洗面所で洗顔と歯磨きをすませる。 とここで食堂車のご案内放送が流れてきた。
「北斗星」は日本でも数少ない食堂車営業列車である。流れる景色を見ながら食事する機会は最近はほとんどなくなってしまった。というわけで、朝食がてらに食堂車に向かう。
食堂車は8分方の入りであった。7:30分頃だからまあ今がピークと思っていいだろう。朝のメニューは飲み物のほかは洋朝食と、和朝食(ともに1600円)のみ。とりあえす洋朝食をたのんだ。
内容的にはホテルの洋朝食と大差はなかった。スクランブルエッグ、焼ベーコン、サラダ、パン等である。味はまあまあだったのだが、ちょっと気になったのがドリンク。洋朝食の場合、ジュース等がついているが、その後にコーヒーなどがついてくる。自分はオレンジジュースにアイスコーヒーを頼んだのだが、これだけで腹が水ぶくれしてしまった。(笑)
周りを見ると食後の飲み物を断っている方もいるみたいだ。
さて、これで1600円が高いか安いかだが、一般的なホテルの朝食が700〜1200円程度だからそう考えると高いと考えざるを得ない。まあ、動く景色を見ながら食事をするのはもうさほどないだろうからその分高くしたといえなくはないが、もうちょっと値下げしてもいいのでは? と考えてしまった。
食事の会計を済ませた時にシャワーカードを310円也で購入する。これで指定した30分間はシャワーが使える。シャワー自体はがらがらみたいで、あっさり買えた。たしか8:30〜9:00の時間を指定したつもりが、カードに記載された時間は8:00〜8:30。現在は8:02分。慌てて自席に戻り、洗面道具を抱えてシャワー室に向かった。
シャワーは6分間お湯が出る。6分のお湯は短いと思われがちだが、実際は結構長い。洗髪して顔洗って体洗ってそれでも2分近くあまってしまった。もっとも髪の長い女性なんかはどういう感想を持たれるだろうか? 聞いてみたいものである(笑)
シャワーから戻って、ベッドに腰掛ける。そして、本日の計画を立てる(まだ決めてなかった)。時刻表とにらめっこして次のように決めた。
青春18きっぷで関東周遊乗りつぶし旅行
上野〜(普通)〜高崎
高崎〜(普通)〜横川
横川〜(バス別払い)〜軽井沢
軽井沢〜(あさま号別払い)〜佐久平
佐久平〜(普通)〜小淵沢
小淵沢〜(ホリデー快速ビューやまなし号)〜東京
さて、即席で考えたには我ながら名案だと思ったのだが、問題なのは軽井沢の6分接続と、小淵沢の1分接続である。小淵沢に関しては、おそらく列車が待ってくれるはず。ただ座席にありつけない可能性が高いので、あらかじめ指定券を押えることになった。もうひとつは軽井沢の6分接続である。列車同士ならともかく、バスは不確定要素が付きまとう。どっかに書いたような気もするが、「青春18きっぷに不確定要素はもちこむべからず」という観点からすると高崎から直接佐久平まで新幹線で入ったほうがよさそうな気も… 冷静に考えたら新幹線ワープのほうが普通なのだが、そのときは少々冷静さを失っていたらしい。あとでとんでもないことになる。
そう考えているうちに、まことサマから電話がかかってきた。どうやらたっこサマ代筆メールをちゃんと見てくれたらしい。よかったよかった。
こうしているうちに、「北斗星2号」は定刻に上野駅に着いた。
とっさに変更(上野〜軽井沢〜万座・鹿沢口〜高崎〜上野)
まことサマと再会し、上野駅で「ビューやまなし」の指定券を購入。そして、本日分の青春18きっぷに日付を入れてもらい、いよいよ旅行開始である。ただ、すでにお土産等で大荷物になっていたのだが(笑)コインロッカーに入れずにすべて自分でもち歩くことになった。ほんとは東京のコインロッカーにでも入れたかったのだけどね。
上野から11両編成の快速「アーバン」で高崎に向かう。内、後より4両は籠原どまりと案内された。ということはかぼちゃ電車115系である。(ステンレス211系は5両単位なのだ)これでクロスシートの確率が高くなり、ほっとする。
入ってきたのは115系11両編成。クロスシート車であった。
ここで、「青春18きっぷ友の会」主催者に電話で確認のtel。PCがバッテリ切れでメール等の確認ができないのだ(苦笑)、よくよく考えたら自分は25万円の2.5kgのただの箱をあれから延々と持ちつづけていることになる。そう考えるとなんだかむなしくなってきた。
快速「アーバン」は結構な乗車率で進む。ただ、景色は単調で特に見るべきものはない。ただ、たまたま相席したご夫妻が本庄駅は東京駅を模したもの、と聞いてちょっと気になって車内から駅舎をみた。たしかにれんがづくりであるが、車内からではれんがづくりかどうかはわからなかった。
さて、まもなく高崎である。ここが運命の分かれ道。新幹線で佐久平までショートカットするか、それとも地道に在来線+横川〜軽井沢間の代行バスに乗るかどうかである。どうしようとは、まことサマとも話したものの結局は高崎に着くと、そのまま横川ゆきにそのまま乗り込んでしまった。在来線ルート確定である。さて、どーなることやら。
高崎から横川までは107系電車である。ロングシート車2連であるが、結構な乗車率であった。座れずにたちんぼうになる。107系は軽快に走るものの、どうも天気が怪しくなってきた。そして、横川着。地面はぬれている。雨が降りそうだ。だが、乗客は先を争って改札口に向かう。どうやら代行バスめあてのようだ。私もまことサマも走る。そこではたっと気が付いた。
「みやげがない」
そうである。アスバムで買った土産袋がない。するとまことサマが「とってきます」と車内に私の忘れ物をとりにいってくれた。(感謝!!) 自分はその間に改札脇で立ち売りをしていた駅弁屋で、「峠の釜めし」を購入する。おそらく日本で一番有名な駅弁だが、横川駅では横軽廃止後もしっかり販売していた。900円也。
さて、バス乗り場にはすでに長蛇の列が待っていた。11:00発の代行バスにのるためにである。自分たちも並ぶ。が、11:00になってもバスはこない。軽井沢6分接続もある。こんなところで遅れている場合ではない。
11:00過ぎたころにバスはやってきた。
観光バスタイプと路線バスタイプである。観光バスタイプが希望だが、この際文句は言ってられない。とにかく乗れればいいのだ。というわけで、1台目(観光バスタイプ)に無理やり乗り込む。発車。この時点で8分の遅れが出ていた。2台目(路線バスタイプ)はというと、給油のため出発が30分おくれるそうだ。1台目に乗れてほっとする。
このバスは碓氷バイパス経由で横川〜軽井沢間を結ぶ。結構景色がきれいな区間であるが,自分たちはは軽井沢での接続ばかり考えて景色を見ようともしない。とにかく腕時計とにらめっこである。
バスは結構とばす。もちろん遅れて出発したわけだからとばして当然なのだが。だけれども自分はこのバス路線ははじめてなので非常に不安になった。
でも、碓氷バイパス料金所を抜け、軽井沢の町が見えたときにはまだ10分ほどあり、これで乗り継げるもの、と信じていた。
が
軽井沢の町に入ると突然道が混みだした。渋滞である。これはとんでもないことになった。しかも雨も降り出している。
う〜む。
この時になって、選択が失敗だったことを悟った。いつ着くかわからないバス。青春18きっぷの旅行で不確定要素は入れるべからずという基本原則を忘れたゆえの失敗であった。よく考えると、土曜日の軽井沢近辺の道路は混雑することがあらかじめ予想できた。あとから考えれば考えるほど当時は冷静さを失っていたことになる。
かくして、軽井沢駅に着いたのはあさま号が出てから10分後であった。
見事に計画は破綻したのである。
雨の軽井沢駅でしばらく考えていたが、とにかく時刻表を見た。トンボ帰りも考えたが時間がうまく合わないし、第一それでは負け犬だ?(どういう意味だ。)
と、まあ時刻表を眺めること1分。草軽ルートを検討してみた。すると、14:10分なんと10分後に長野原草津口ゆきが出るではないか。その後、万座・鹿沢口駅15:30発吾妻線高崎ゆきに乗れることが判明した。またバスであるが今回は冷静である。実際、ツアコン時代に何度か草軽ルートをバスでたどったことがあり、そのときの時間と重ね合わせると、万座・鹿沢口での余裕時間は約30分と推定。ここまでなると事故でも起こさない限り安心だろう。
というわけで、まことサマを引き連れて(まさに当時はそんな状況)14:10発JRバス関東長野原草津行きに乗る。まことサマには、これで大丈夫!!というだけ言って(ごめん)とにかく乗る。
バスにのって最後尾を占拠してようやく「峠の釜めし」を食べ始める。バス車内で食べるのはちょっと気が引けるが、すいていたので気にせず食べる。が、いきなりつまった。
渋滞、渋滞、ああああああ
このバスは軽井沢駅から中軽井沢、鬼押し出しを経由して万座・鹿沢口、長野原草津口へ向かう。で、軽井沢から中軽井沢へ向かうところで詰まってしまった。
まことサマは不安になって、しきりに時刻表をみる。が、自分は30分遅れまでならば大丈夫ということで、あまり気にしていなかった。まあ、まことサマに説明してもよかったのだが、こればかりは自分の経験による裏づけなのでなんとも言いようがない。ただひたすら「大丈夫」というしかなかった。
中軽井沢、20分遅れで到着。
ここから鬼押し出し方面に向かう。この方面は渋滞することはまずありえないので、自分は心の中で
「よっしゃ、OK!!」
とつぶやいた。(まことサマ、重ね重ねゴメン)
いよいよ鬼押し出し方面に向かう。一種の山越えルートなので結構起伏や、急カーブが激しい。もっともまことサマは途中の疲れのせいか、寝てしまったけど。
木々の中を抜けてゆく。自分はぼ〜と見ていたが、突然視界が開けた。
木々は突然なくなり、一面の草原が広がる。諏訪のビーナスラインにも同じような光景が広がるが、こちらのほうが荒涼とした光景が広がる。窓をそっと開けてみた。涼しい。
だいぶ高度は上がっているみたいだ。
まことサマは、というと… 寝ていた。
そして、鬼押し出しに到着。
さて、鬼押し出しには火山の噴火でできたと思われるかこう岩が剥き出しになってでていた。これがとりえといえばとりえなのだが、結構見た目は楽しめる。こればかりは文章では表せないので実際に見てほしい。そのころにはまことサマも起きていた。
さて、鬼押し出しを過ぎると下りになる。まことサマは時間を心配していたが、大丈夫である。といいつづけてきた。
木々の中を降りること約10分強、突然視界が開けたかと思うと線路が見えてきた。吾妻線である。そう思うや否やバスは万座・鹿沢口駅に着いた。確かに遅れたが、それでも電車の発車までは20分ある。心配は杞憂に終わった。
万座・鹿沢口は一面一線の構成である。ホームひとつにレールが一組という構成である。そこで当駅始発の高崎ゆきが115系3両編成でとまっていた。が、ちょっと気になることがある。この駅は終着駅ではない。中間駅である。が、この駅は一面一線の構成である。
つまり、途中駅しかも単線の交換できない駅でで折り返しているわけだ。このようなケースは自分ははじめて遭遇したので少々面食らった。
列車は定刻に出発した。乗客は自分とまことサマを含めて4人。3両で4人というすごいがらがらの編成で出発した。
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軽井沢と万座・鹿沢口を結ぶJRバス。イエローの観光バスタイプである。
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いきなり下りである。川沿いをどんどん下っていく。また、こういう川沿いを進む光景はいつ見ても楽しい。がらがらのまま、長野原草津口についた。長野原草津口はもと軽井沢と長野原草津口を結ぶ草軽鉄道の駅跡が現在のバスターミナルとなっている。
15分程の停車のうちに、結構乗客が乗ってきた。けど3両ではまだまだがらがらである。
この後、さすがに眠くなって眠ってしまった。
zzz…
気が付くと強烈な西日が差し込んできていた。もう夕方なのだ。そして吾妻線の起点渋川に到着。もっともこの列車は高崎に直通する。乗客はいつのまにか増え、立客も出るようになった。ここで、まことサマと交通費等の清算をする。とりあえず清算をすますともうすぐ新前橋である。ここで乗り換える。この列車は高崎ゆきだが、乗り継ぎ列車の始発が新前橋なのでここで乗り換えたほうが確実なのだ。
乗り換えの上野ゆき快速「アーバン」は211系電車10両編成であった。幸いにもクロスシート車である。211系のクロスシート車さほど多くはないはず(のわりにはすれ違った211系にはやたらクロスシート車が多かったが)なのでラッキーである。
まことサマは
「これにもクロスシートあるのですね。」
とのこと。あまり見たことないのだろうか。
とにもかくにも列車は出発。朝通った経路で、しかも単調なのでつまらないこと極まりない。高崎で八高線の気動車を見たとき、乗り換えようかなあと思ったけどまことサマの帰宅時間を考えるとそれもできず、とにかく乗る。こういう場合は寝るのが一番なのだが、なぜか眠ることができない。(苦笑)
非常に長い時間がたった。(ような気がした。)
もうあたりが暗くなったころ、ようやく上野に到着する。上野から東京まで山手線で移動し、東京駅に向かった。
東京からは総武快速で君津に向かう。本当はまことサマの家の最寄である安房勝山まで送るのが筋なのであるが、そこまでいくと自分が「ムーンライトながら」に乗れなくなるので君津までとした。青春18きっぷが5枚1組だった場合はまことサマに1枚もたせてあげられたのに… 不便なこと極まりない。
さて、東京駅総武地下ホームには千葉ゆきがとまっていた。がパスして、次の君津ゆきをまつ。形式はもう総武快速の主力となったE217系である。
この車両、クロスシートが千葉方の3両にしかついていない。んで、現在私たちは横浜方先頭にいる。 というわけ千葉方にホームを移動。しかし、このとき改めて感じたのは
15両編成の長いこと!!(←田舎者丸出し)
ホームの端から端まで歩くと結構な距離になるんですなあ〜。まあ、大荷物抱えてたせいもあったけどね。
そうして、無事クロスシートに席をとった私たちは君津までまことサマを見送って、君津から折り返しの久里浜行きに乗って東京方面に戻ったのあった…。あたりはすでに真っ暗で特筆すべきものはない、と思ったら柏で花火大会と遭遇。思わず見とれてしまったのである。
東京への帰りに奇妙なものをみた。
津田沼で若い男女2人が乗ってきて、自分の座っていたボックスに向かい合わせに座った。
カップルかな?
…
でも話はない。
男は女の手をひっぱって握った。
…
なんだかおかしな雰囲気である。
自分は見ないことにして、車窓をみる。が、窓ガラスの映りこみではっきりと二人の様子がみてとれた。
女は顔をそむける。
どうやら穏やかではなさそうだ。
男は女の顔を自分の方に向けた。
女の顔から涙が出る。女はセカンドバッグからハンカチをとりだして、目をふこうとする。
男はハンカチを取り上げ、真顔でじっと見る。
小岩駅到着。女が降りた。男も追いかける。
そしてホームで男は女を抱きしめた!!
男はしっかりと抱きしめている。女は…というと、なすがままにされていた…
…
どっかにテレビカメラがあったんじゃない?(爆)
早起きは三文の得?(東京〜名古屋・新名古屋〜知多武豊・武豊〜大府〜豊橋)
東京駅で降りようとしたら、足が動かない。どうも昨日の青森ウオークが今ごろになって応えてきたようだ… というわけで東京では降りずに品川に向かう。その間に足をもみもみしてほぐして、品川で降りられるように準備した。
品川で下車。ただいま夜11:00頃。臨時大垣夜行のホームである9番乗り場はすでに行列ができていた。といってもさほどの混雑はなさそう。なんとか全員が着席できる程度である。
それを確認して私は東京駅へ向かった。
朝の連絡では「青春18きっぷ」友の会メンバー?は6号車にいるらしい。はたしてどんな面子なのか期待半分不安半分の面持ちでいく。
そこには4人の方がおられた。どうやら「ながら」で出発するのは5人みたい。そして車内は… がらすき…
満席だったんだけどなあ〜
そうこうしているうちに出発してしまった。がらがらのままで…
検札。青春18きっぷは5人5様といった感じである。青春18きっぷといえどもいろいろな種類があるもんだと改めて感じた。
そのうち、「友の会」のHOMER@管理人氏がビールを取り出しでみんなで飲む。5人中4人が成人であった(*_*) 意外と平均年齢は高そうである。
出発したが、乗客は一向にふえない。横浜、国府津… 空席だらけである。なんでこれで満席なのだろうか?
と思った瞬間、小田原で状況が一変した。6号車は小田原から自由席となるのだが、ここでどやどやと乗り込んでくる。空席はあっというまに埋まり、またこれを見越して寝袋持参で床に雑魚寝する人もいる。この様子だと小田原から並んで乗っても座れる可能性がある。ということか?
しばらくは雑談していたのだが、途中いったん足止めをくらった以外はたんたんと進む。
そのうち、HOMER氏のカシオペアの話となり(いや、寝台列車でなくて、WindowsCE機のアレ)ならば、列車内から「友の会」bbsにカキコすることになった。
が、PHSは高速運転時には使用不可となる。HOMER氏のPHSも結構苦戦していたようだが、なんとかかきこみができた。 が一部文字化けするのはどうしてだろうか?
さすがに進んできたので眠る。気が付いたら名古屋の手前であった。
名古屋下車。中央線ホームに行く。
高蔵寺行きにのる。新鋭313系である。
が、寝不足? みなさんでスリーピングタイム。(爆)
私は、というと朝からガンガンに効いた冷房の車内でガチガチ震えていました。((+_+))
高蔵寺から313系でまたもやとんぼ帰り。 みなさんは、寝ておられる方が大半であった。
名古屋に到着。ここで待望の朝食、「きしめん」である。が、名古屋到着が7:25。ホームでうどん食べて改札を出て新名古屋駅に向かい、7:42発の特急河和ゆきにのる。
結果、うどんを流し込み、ダッシュで新名古屋駅に向かい、そしてあわただしく新名古屋駅地下ホームに降りる。なんとか間に合った。
HOMER氏が先回りして指定券を押えてくれていた。もっとも、しっかり展望席なのがさすが♪ (^o^)丿
が、ここでダッシュしたので、きのうからダマシダマシしていた筋肉痛が一気に悪化することとなる。
知多武豊までは快適な名鉄パノラマスーパーの展望席のお世話となる。こちらは空調もほどよく効いていたので寝る。快適な車内=眠たくなる=♪あっというまに♪目的地♪の3段論法どおり(笑)知多武豊まではあっというまの道のりであった。
知多武豊からJR武豊までは徒歩10分ほど。まだ8時過ぎなのだが暑い。だれも口に出さないけど、知らず知らずのうちに影のあるほうに向かう姿がこれを物語る。といっているまに武豊駅着。ほどなく、キハ75系がやってきてクーラーのお世話となる。
さて、武豊からのキハ75だが、加速は鋭かった。が、どうもここには似合わない気もする。自分はキハ75といえば快速「みえ」としてかっとばす姿しか思いつかないので、いささかここではパワーをもてあまし気味のように見える。が、車内設備はJR近郊型最高の設備を誇るだけあり豪華だ。これで通勤もいいなあ。もっともディーゼルカーだからうるさいという欠点はいたし方ないか。
と思っているまに大府着。ここから豊橋に向かう。
「まもなく、快速豊橋ゆきがまいります。ホームの内側でお待ちください。なおこの列車は6両編成です。」
ん!? 6両 まさか…
やってきた「かぼちゃ電車」113系6両編成の快速に不平不満の声がでたのは言うまでもない。
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武豊線のヌシ、キハ75系。1999年12月からはその轟音を東海道線にもとどろかせることとなる。
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電車と競争、さて結果は?(豊橋〜辰野〜塩尻)
豊橋からは、茅野ゆきに乗る。みなさんどうやら名物の「いなりずし」を購入しているみたいだ。 自分はというと、ビールとおつまみ…(オイ!!)
さて、この列車は飯田線全線を走破し茅野まで向かう。走行時間はなんと6時間である。
かなりの電車である。そしてここにメーンイベントがあったのだ。
「電車で競争しよう」
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図のようにショートカットする。ちなみに下山村からするのが「正統」 (C)青春18きっぷ友の会
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アニメ版「究極超人あーる」で一躍有名になったこの遊び?(ん?)「探偵!!ナイトスクープ」や 雑誌「旅と鉄道」でも取り上げられているのでご存知の方も多いと思う。
ルールは図を見ればわかるように、
鉄道がぐにゃりと大きく迂回しているところを、人間の「足」でショートカットしようという遊びなのだ。今回の茅野ゆき場合、
下山村
伊那上郷
なので、さしずめ14分でショートカットしなければならない。
こういう遊びだ、自分は実は1度やって成功させている。
さて、飯田線は南部は渓谷ぞいを走り結構風光明媚な路線ではあるが、皆様
zzz
あらら、寝ちゃってる。
自分はほとんどおきていたのだが。「渡らずの鉄橋」を通ったことに気づいたのはいったい何人だろうか?
でも不思議なもので、下山村に近づくとみなさん「決戦の時はちかし」とばかりに目が覚めてくる。
自分は、というと、青森ウォークの筋肉痛がピークに達していた。まずい。これではみんなの足をひっぱってしまう。
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…・
…
熟考の末、今回は参加を見送ることにした(T_T) いと残念。
そのかわり、荷物番をすることになった。
というわけで、下山村着。
みなさんだぁ〜シュ。
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下山村駅着、みなさんだ〜っしゅ!!(C)青春18きっぷ友の会
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自分は5人を見送った。ん? 5人? いつの間に一人増えたのだ? そういえば飯田線の途中の中部天竜で一人が合流すると聞いていたからその彼であろう。
車内で荷物を整理して、伊那上郷に向かう。1ボックスに人間1人と荷物が占拠しているサマはなんとも異様だ。まわりからの妙な視線が気になる。はやく伊那上郷についてくれ〜
伊那上郷に到着。
…
…
誰もこなかった…
見事に失敗である。
とにかく、元善光寺に向かい、そこで下車して携帯でHOMER氏と連絡をとる。伊那上郷の警報機の音は聞こえたそうだ。電車が14分かかったところ、人間の足は16分ぐらいかかったとのこと。ただ、後半はばてて歩いていたらしい。絶妙な時間である。
とにかく、全員分の荷物をもって元善光寺から伊那上郷に戻る。が、車内で、おばあさんに言われた。
「まけたのかえ?」
ずき!!
…
これはリベンジするしかないな。
さて、失敗したけどもう一つの目的が残っている。それはろーめんである。
が、このチャレンジに失敗したことにより、予定が大幅に狂うことになる。
まず、一人が途中離脱。飯田に戻って、「いいなかライナー」経由で大阪に帰るらしい。
そして私、ろーめん食べたいのだが、時間がそれを許さず泣く泣く離脱することになった。
伊那市で、「友の会」メンバーと別れる。彼らはそこでろーめんを食べたらしい。(食べたいよお〜)
自分はそのまま乗りつづけて辰野へ。
そこから、「ミニエコー」123系単行電車に乗って塩尻に向かった。この電車、加速が恐ろしいほど鋭い。まるでクルマの発進であったことを付け加えておこう。
最後の最後に混乱して
塩尻駅はただならぬ雰囲気に覆われていた。どうやらダイヤがずたずたらしい。篠ノ井線で架線切断事故があったらしく、長野発「しなの」は大幅に遅れている。
本当ならば17:42発「ワイドビューしなの24号」の予定なのだが、やってきたのは大阪行き「ワイドビューしなの18号」。ちょうど3時間遅れである。この列車、全車自由席に変更されている。
しかも10両編成の車内は超満員で立錐の余地すらない。かろうじて、デッキにスペースを見つけて座り込む。もはや、「ワイドビュー」ではない。「ワイドぎゅー」である。(笑)
列車は淡々と進む。こうなってくると乗り心地うんぬんの話ではない。デッキでとりあえず塩尻で買ったワインをあける。振り子電車なのだが、それほどゆれを感じなかったのはさすがに新車。酔っ払って寝たろうと思ったのだけど、ワインごときで酔っ払うはずはなかった。
とにもかくにも所定よりちょうど3時間遅れで名古屋到着。「ワイドビューしなの」は今回が初体験だが、なんともしまらない乗車となった。もっとも、特急券が全額払い戻しになったのでそれはそれでよかったのだが。
名古屋からちょっと考える。「ワイドビューしなの」は大阪行きだ、このまま揺られて京都に帰ってもいいが、やっぱし新幹線で素直に帰る事とする。名古屋駅でこの日2回目のきしめんを食べて、急ぎ足で新幹線ホームに向かう。
新幹線に乗り、座席に座ると隣に美人が…
でももう疲れていたので、39分間爆睡したあげく、気がついたら京都だった。
さすがに新幹線は早い。
こうして、3日間の旅行は幕を閉じた。
まとめ
3日間がかなり長かったような気がする。が、短かったような気もする。こればかりはなんともいえない部分が多いんだけど。個人的には恐ろしく充実した3日間だっただろう。わずか3日、されど3日。失敗もあったけど、失敗があるからこそ旅行は楽しい。何もなかったらそれはそれで思い出が希薄になるからね。
結論:思い出は失敗によって作られる。 う〜ん名言。
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