周遊きっぷ紀行〜前編(加賀・能登ゾーン) |
最終更新日:2000/12/11 |
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周遊きっぷを使う機会は案外少ない。そんな中で周遊きっぷの存在そのものを疑問視する人が 少なくないこともまた事実である。 「期間が短い」それもまた真なのだが・・・・ それは単純に周遊きっぷの特性を見抜いていないだけではないだろうか? 私は青春18きっぷでいろいろ回ってきたし。 確かに青春18いっぷに比べると確かに高いと思うかもしれない。 でもここ1〜2年でかなり様変わりしてきた・・・と自分でも思う。 「電車に乗りつづけること」が苦痛に感じ始めているからだ 。 1日鉄道に乗っても平気だったはずなのだけど、 今は「何?そんなことして楽しい?」とすら思い始めている・・・ それは社会人になっての心境の変化なんだろうか? だが旅は好きだ。これはたぶん生涯変わらないと思う。 そして鉄道も好きだ。これもたぶん変わらないはず。 こうして導き出した答えが、のんびりと回る旅。 そしてそのアイテムが周遊きっぷなのである。 なぜ能登が第一号なのか? のと鉄道の廃線?それもあるかもしれない。JRバスの廃止?それもまたあるかもしれない。でもただ頭の中でよぎったことはただ一つ。 「能登半島の先端に行ってみたい。」ただこれだけだったりしたりする。 プロローグ〜気が付けば石川京都発0:01発の新潟行き急行「きたぐに」が今回の旅のスタート地点となる。座席車に列車を待つのは向いの新快速電車をまつ行列とは明らかに違う。しかし、方言は聞かれない。みんなだまっているだけなのか?それとも京都で方便はダメなのか?そんなことないと思うけど。「きたぐに」は定時に発車。大阪発なので、すでに寝入っている人が多い。京都から乗った乗客は数少ない空席にすわり、今宵の寝床をつくりはじめた。 私も皆に習って就寝の準備。でも寝台電車の座席は4人ボックス。ボックスに4人座るといくら広いといっても寝るにはいささか窮屈なのは否めないが。 大津・・・乗降者なし・・・ 彦根・・・ 多少はあった模様。そして。米原・・・・ 眠れない。寝付けない。時刻表12月号を見ると金沢着は3:16。たった3時間だが眠らないと明日に響く。でもそんなあせりがますます寝付かれなくしていると気づいたのはしばらくたってからであった。 「きたぐに」の普通車は夜間の減灯はない。寝台車やグリーン車は目的地に近づくと車掌が起こしてくれるが普通車はそんなサービスもない。その前に京都乗車したあとの検札もなかった。安眠のためのサービスなのか、それとも単に車掌がさぼっているのか。 いつのまにか眠ったらしい。知らないところを走っていた。時計を見る。3時50分。何、金沢を過ぎてしまったのか!? それは杞憂に終わった。しばらくアセっていると列車は金沢に到着。列車が遅れたのか?いや、そうでもないらしい。 ふとホームの時刻表を見ると「きたぐに」の金沢到着時刻は4:02。なんてことはない。今は11/26。手持ちの時刻表は12月号。「きたぐに」は12月のダイヤ改正で金沢着が50分ほど繰り上がったのであったのである。 金沢駅ホーム下の待合室には電気と暖房がついていた。これはありがたい。次の普通列車七尾行きは5:15発。1時間以上の待ち時間を寒さにおびえる必要がなくなる。しばらく公衆電話にノートPCをつないで通信する。金沢の印象がよくなったのは言うまでもない。 小木〜 遊覧船に佐渡おけさが流れる
まだ真っ暗な金沢を定刻に発車。特急型だけにゆれがかなりおおらかだ。しかも明らかに寝不足なので、すぐに眠ってしまった。車内は私以外、誰もいない・・・ 気が付くと周りが多少明るくなっていた。でも見渡す限りたんぼ。七尾線は駅間距離が比較的短いのか結構頻繁にとまるが、駅に着いたとき以外は車窓はひたすらたんぼが広がる。つまらないというかのどかというべきか。 そろそろ対向列車は金沢への通勤への時間だ。でも今日は日曜日。対向列車の車内は結構すいている。車内の顔を見てもどこか眠たげだ。どうも冬は起きるのがつらくなるのは全国共通なのだろう。雪はまだないが。 ぼ〜としているが、七尾に近づくにつれて対向列車が増えてきている。各駅ごとに停車して対向列車に道を譲る。そういえば七尾線は単線であった。田園風景があまりにも当たり前すぎてすっかりこのことを忘れてしまっているが。 七尾には定刻に着。のと鉄道に乗り換えである。 のと鉄道は輪島行き。2両編成である。車掌がいるのでワンマンカーではない。が、2両編成の前よりは後部の扉から整理券をとって乗車。運転士横の出口で運賃を支払う、後ろよりの車両は最後部の扉から整理券をとって乗車、降車時に後部前よりの扉で車掌に運賃を支払って下車するシステムである。JRではあまりみかけないが、私鉄ではたまにみかける方式だ。 和倉温泉。無人である。考えて見れば朝8時の温泉駅なんて当然利用なんかないわけで無人なのだが、「サンダーバード」の終点が無人駅と考えると、ちょっと不思議な気分になってくる。
車内をみわたすと明らかにレールファンとおぼしき人が数人。朝早くからご大層なことで・・・・ て自分のこともいえないけど。しかし、あちらこちらで写真をパシャパシャ撮るのはともかく車内撮影だけは被写体になりうる人に断るべきだがどうだろうか? 最近は列車の前面をフラッシュで撮影するアホも多いと聞くがどうだろうか? 話がそれた、元にもどそう。 さて、穴水に着く。乗客の大半が降り、レールファンがわずかに残るのみとなった。列車もワンマンカーとなり、これを見る限りは穴水〜輪島間の廃止は致し方なし、といったところか。 穴水からの気動車は、1両のワンマンカーだが空いている。10数人程度といったところか。穴水を出るとしばらくは山の中を進む。各駅で少しずつ降りてゆく。だんだん先細りの道中になりそうである。少なくとも観光客は皆無である。まあこんな時間に乗る人なんて和倉で泊まっているひとでもなければいないだろう。宇多津で乗客が入れ替え。どうやらここが珠洲と並ぶ奥能登の中心らしい。 一応九十九湾小木で下車して遊覧船に乗るつもりだが、その前の縄文真脇にちょっと心引かれた。駅前に真脇遺跡の博物館があるではないか。駅から結構距離があると思い込んでいたので少々ショック。今度来たときにはおとづれてみたい。最近は某エセ考古学者による偽物事件等が発覚してどうも考古学に後ろめたい部分があるのかもしれないが、駅からちらっと見た限りではここは本物のようだ。あとで石川県立歴史博物館でも確認したけど。 九十九湾小木で下車したのは私だけだった。九十九湾は(つくもわん)と呼ぶのであしからず。その九十九湾の遊覧船乗り場は駅から歩いてすぐである。看板があるからすぐわかる。
「乗るんかあ〜 だったらもうでるから、早く乗りな〜」かすかな関西弁交じりの声。そういえば後で能登は関西との結びつきが昔から強かったと聞いたのは泊まった宿のおかみさんからであった。 それはともかくある程度乗客が集まったら随時出航するようだ。8:50分出航。乗客が20人弱。もっとも定員が50人程度の船なのでそれほど大きいわけではない。 ただ、景色は右側のほうがいいらしく、船の人が右に座ったほうがいいというとみんな一斉に右側に移動。おいおい、転覆せんのか? さて、肝心の遊覧船であるが、紅葉がもうひとつといったところか?今年はやけに紅葉が遅いがこんなに遅いとは思わなかった。そういえばこれを執筆している12月に入って関西ではまだもみじ便りが出ていたからなあ・・・ なんか季節感が狂ってしまう。 さて、ある程度進むと船は停止し、船底に下りるように言われる。この船は船底に下りて、海中を眺める事ができる仕組みになっている。そして魚を見るのだが・・・・ あるのはアクエリアス、ビニール袋、カール、何かのヒモ・・・(泣) 海底にはゴミが多いようである。魚はというと・・・ そんなにたくさんは見えなかった。しかし魚よりもゴミのほうが気になるのはちょっと問題かもしれない。 さて、しばらく乗ると九十九湾から外にでる。一気に波が強くなった。小船はゆら〜りゆらりとゆれる。まあ、この程度はなんてことはないんだけど船が小さいだけに、ねえ。 不意に「佐渡おけさ」がスピーカから流れ始めた。どうも佐渡おけさとここはゆかりのある土地らしい。なんでも昔心通わせていた男女がいたらしいが、男が佐渡に旅立ったあと、男は佐渡で病に倒れた。女は遊女なので出られず、唄を謡いつつひたすら待っていたが、遂に男は能登には戻らず帰らぬ人となってしまう。それを聞いた娘は小木の崖から身を投げたという。 でも本当かどうかは定かではない。一般的に知られる佐渡おけさのルーツは新潟県小木町の三毛猫の話である。ただ両方とも「小木」がからんでいるだけに「小木」とかかわりがあるのは確かなようだ。 そうこうしてるともう一度船底に降りてくるように言われる。今度は魚がはっきり見えた。こうやって見ると水族館よりも「ナマ」な分だけ感動するものである。 蓬莱島の記念撮影の後に港に戻る。1500円、40分の遊覧船が終わった。
蛸島駅行きの列車が到着。さっきみたレールファンがいる。たぶん輪島に行ってとんぼ帰りしてきたのだろう。 ついに能登半島の先端に立つ2両編成のワンマン列車は淡々と進む。乗客は少ないし、珠洲までこのままかなあと思っていたら、途中で学生が大量に乗車してきた。今日は日曜だからクラブの帰りだろうか?地方の列車は高校生が主力というのがやはりここで見えたような気がした。珠洲駅着。やっぱりというか、乗客の大半が降りる。学生も大半が降りる。自分は駅前の観光案内所でバスの時刻表をもらい、JRバスを待つ。周遊きっぷはJRバスにも乗れるので便利だ。しかし、珠洲駅前からの乗客は私一人。いくらオフシーズンとはいえ、観光客どころか地元客も皆無なのはさみしい。 珠洲飯田発狼煙経由木ノ浦行きバスは私一人を乗せて走り出した。 一人である気安さか運転手さんは明らかに観光客である私と雑談をしはじめた。そして自分が珠洲で泊まるとのこと等を告げると、親切にも帰りのバスのことも教えてくれた。そうやら帰り乗車予定の木ノ浦15:57発の珠洲飯田行きは同じ運転手になるみたい。(笑) そして自分も旅行会社にいた人間だと話すとなんか内輪ネタで盛り上がってしまった。 JRバスは地方ごとに営業所があるが時期によってよその営業所に応援にもでるとのこと。今この能登半島の先端で路線バスをしているやや年配の運転手さんも、助っ人で「ドリーム号」のハンドルも握るとのこと。JRバスのスケールを思いがけず知ってしまった。またJR西日本バスはバス分社化後貸しきりバス事業も始めているがそのときの話、はては運転手さんがむかしいた京都の市電の話など、えんえんと話続けた。まさか能登半島の先端で京都ネタが出てくるとは思いも寄らなかったけど。 そういえばここのJRバス廃止されたらどうなるのか聞くのを忘れた・・・ もっともそんな野暮なことは聞く気もなかったけど。(後に廃止され、民間のバスになりました。) さて、バスは海沿いを淡々と走る。乗客は蛸島駅前から女学生が二人乗ってきたのみ。観光客は皆無である。ただ海は九十九湾で見た海とは違い、思いっきり荒れ狂っていた。もうここは日本海なのである。もみじはともかく海は確実に冬が近いことを物語っていた。 途中で地元客が一人乗車。運転手さんと顔見知りらしい。こうして、ごくわずかな乗客を乗せ、最近有名になりすぎて近寄れない(笑)「ランプの宿」も過ぎると、いよいよ狼煙である。狼煙では3軒中2軒のお店が休業というのは運転手さんの談。禄剛埼灯台に向かう道を教えてもらい、丁寧に挨拶して下車する。周遊きっぷでタダ乗りするのがなんかもったいない。
禄剛埼灯台に到着。ここは能登半島最北端の地である。緯度でいうと福島よりも北にあるのはびっくりした。あとで地図で調べると・・・ 確かに。。。 そうだ。 この白亜の灯台は明治時代に立てられたそうで、さほど大きくはないものの、能登半島先端として重要な役目を負っていたらしい。しばらくぼ〜としてて日本海を見下ろす。潮の香りが心地いい。でも結構高いところにあるので高所恐怖症にはちょっとつらいかな? しばらく休憩していよいよ岬自然歩道に乗り込む。これは狼煙から木ノ浦までの約7キロあまりの遊歩道(正確にはその先もある)で、日本海を眺めながらのんびり歩く事ができる・・・ともくろんでいたんだけど・・・ たしかに変化にとんだコースである・・・ というか変化ありすぎ! 断崖絶壁を歩くかと思えば砂浜を歩く。 けもの道もあれば芝生道。さらに並木のトンネルまであって飽きることはない。 しかあ〜し。高低さ50mを登ったり降りたりするのははっきり言って疲れる!! 最初は簡単なハイキング感覚で言ったんだけど・・・ これってかなりきつい。また、必ずしも海沿いを歩くわけでもなく、山の中を歩いたり、ちょっとした山登りになる部分も多くあり、ある程度の装備は用意したほうがよさそう。自分はよりによって革靴にパソコン持参と最悪の装備ではないか!! でも普通の山登りと違うのが耳を澄ますと潮騒が聞こえてくること。かなり違和感はあるものの、それはそれでいいものである。 しかし、海はチラリとしか見えないんだけど、それはそれなりに楽しみが増えるというもの。特に、砂浜を歩き、そのあと延々と山登りをしてシャク岬に到達してビル風ならぬ海風の直撃を受けると非常に気持ちがいい。装備は間違えたがこの遊歩道はおすすめだと思う。ただ、所々で標識のない分かれ道があってどちらを進めばいいのか迷ってしまうのは困り者だが。 しかし気になるのが、今日は日曜なのに岬自然歩道で誰一人、人とすれ違わなかったこと。シーズンオフだからといったらそれまでだが、あまりの人の少なさにはびっくりした。いつもこんな状態ならばちょっと問題である。
たっぷり3時間は歩いただろうか、15:00.ようやく木ノ浦の岬に到着。休憩する。心地いい風が吹き付ける。心身は疲れ果ててしまったが心の中では妙に充実した心境である。・・・あるのだが、バス停まで戻らないといけない。なんせ15:57のバスを逃すと宿の到着が18:00を超えてしまい。真っ暗になってしまう。とにかく最短コースをたどるつもりで歩きつづけたが・・・ ここはどこだ? どうやら迷子になってしまったらしい。この期に及んで。 とにかく歩くと広い芝生に出た。地図を見るとどうやら木ノ浦健民休暇村のオートキャンプ場に迷い込んだらしい。とりあえず、海の方角と地図を頼りに人気のないキャンプ場を突っ切る。途中で「岬自然歩道」の標識を発見。やれやれである。 結局木ノ浦バス停についたのは15:40。時計とにらめっこの道中だったのは言うまでもない。人気のない待合室で腰をおろすとほどなくバスがやってきた。行き乗ったバスと同じバス、同じ運転手だった。荷物預かってもらうんだった。 帰りのバスはほぼ無言。というより、かなり足にきていたのでへばっていたというのがホンネということだろうか? 行きのバスは海沿いを走っていたが、帰りのバスはほぼ山の中をショートカットする。景色よりも眠気が先にきたのでしばらく眠る。さすが、秋の陽はつるべおとし。あっというまに日が暮れていく。行きと同じく、私一人を乗せたバスは途中1人を拾っただけで珠洲に到着。もうかなり暗くなってきた・・・ というよりもなんか曇ってきた。どうも明日雨のようだ。 珠洲駅で今日の泊まりである民宿まつだ荘の位置を教えてもらい、またお礼を言ってバスを降りる。確かに駅から近いようだけど(珠洲駅下車5分)、足がもはや棒になっているので民宿まで遠いこと・・・・ 明日筋肉痛になりそうだな。 (後編に続く) |
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