周遊きっぷ紀行〜前編(長崎・佐賀ゾーン) |
最終更新日:2001/01/10 |
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なぜ長崎になったのかは簡単な理由である。それは単純にチャレンジ九州2000キロキャンペーンでまだクリアしてないのが、長崎県と佐賀県だけだったからである。だから、クリアもかねて2000年の年末に行こうと思っていた。ところが、仕事の都合で2000年中にいけなくなり、チャレンジ九州2000キロの全制覇の夢が見事に崩れ去ってしまったのである。というわけで仕切りなおしとして2001年の初旅行として長崎がなし崩しに決まってしまったのであった。(笑) すでにきっぷはとってしまったので周遊きっぷの出発を1月にずらす変更をしてもらう。30分ほどかかったみたいだができた。でも変更の文字がないのはご愛嬌だったりするんだけど。 いきなり失敗から始まった最初はチャレンジ九州の続きをするつもりでプランを立てていたのだが、もはやクリアできなくなった以上これ以上気にする必要はなく、じゃあどうするべ・・・と考えているうちに・・・当日・・・ ははは、どうすべ。とりあえず時刻表も見ないで適当なプランを立てたが、いきなり失敗することになる。 20:20ごろ京都駅7番線へ・・・ のる予定の列車は「あかつき」長崎行き・・・ ところが、ホームに上がると目の前で出て行ってしまったではないか!! はあ?と思いつつ時刻表を見ると、しまった! 京都発20:20発ではないか!! ずっと20:32発と思い込んでいたので思わぬチョンボである。 とはいっても仕方がないので20:31発新快速上郡行きで追いかけることとする。一瞬ふるさとライナー九州で九州入りも考えたが、時間がずたずたになるのでパス。新快速で追いかける。新大阪で追いつき、大阪で乗り換え完了。ようやく旅のスタートとなった。考えてみれば特急を新快速で追いかけるというのは傍目からみるとおかしな話に見えるかもしれないが、それができてしまうのが新快速のすごいところである。・・・単に特急が遅いだけなのかもしれないけど。 さて、ようやくあかつきのレガートシートに乗り込む。レガートシートはいわゆる座席指定席車であるが、3列シートにフットレストレッグレストがつき、さらにリクライニングシートは電動式という車両である。これで指定席特急料金で乗れるのだから結構お得といえばそうなのだが、この日の乗車は4人。不振と言われているのを裏付ける結果である。 そういえば京都駅6、7番ホームには1時間後に出る「ムーンライト九州」らしき行列があった・・・ もっとも各出入口に2〜3人という按配なんだけど。要するに関西〜九州全体の移動量が少ないと見るべきかな? ただ、寝台はそこそこ埋まっていた。特に個室は軒並み満席である。今日の「彗星・あかつき」は13両編成での運転。かなりの長編成だ。で、私の乗った「レガートシート」は14号車。ようするに最後尾である。大阪、三ノ宮、姫路、岡山と止まるが、いずれもホームのはずれのほう・・・というかよくそれだけ止まれるホームがあるもんだな。 大阪で乗車後、一息をつくためにロビー室へ。レガートシートにはミニロビーがある。そこでジュース(130円)を購入してしばしただずむ。程なく車内放送で明石海峡大橋の案内がやってきた。そういえば夜間はライトアップしていたんだっけ。ロビー室ではビデオをまわして撮影する人がいた。 「レガートシート」は電動リクライニングは相当な角度まで倒れる。フルに倒すとほとんど寝るのと変わりがない。でフルに倒すときれいなお月さんが目に飛び込んできた。明日もいい天気になりそうだ。もっとも実際は違ったのだが。 姫路、岡山とこまめに客を拾い、やがて消灯した。「レガートシート」は完全消灯である。が、手元に読書灯があるので読書などで困ることはない。明日の行程をとりあえず確認して、やがて寝た。 雨のち晴れの天気予報気が付くと博多についていた。午前6時過ぎ。まだあたりは真っ暗である。さすが西日本。日の出が遅い。一応鳥栖で降りて後続の「かもめ1号」に乗り換えるつもりだったのでそろそろ下車準備に取り掛かる。鳥栖には6:30着。あたりはまだ真っ暗である。・・・があたりが濡れている?もしかして雨なのか? 今回は晴れを信じてかさを持参しなかったのでちょっとやばい。今はやんでいるが、真っ暗な空を見るとまたいつ何時降り出すかわからない。 まあ、天気に文句を言っても仕方がないのでいったん改札を出る。キヨスクっはすでに開店中。駅弁屋は午前7時からの営業であったが、すでに開店準備をしていたので聞いてみるとOKとのこと。早速名物「焼売」を購入。(400円)朝から濃い食事である(爆) さてシュウマイを抱えてホームに上がる。次の列車は7:00発の特急「かもめ1号」長崎行きである。この列車、途中で先行する「あかつき」を追い越す。なぜ始発の博多ではなく、鳥栖からなのかというとただ単純に周遊きっぷのゾーン券が鳥栖からだからである。自由席は多少お金を払ってでも始発駅から乗るのが普通だが、「かもめ1号」は「白いかもめ」こと885系電車6両編成中なんと5両が自由席。これならば途中駅から乗っても座れるだろう。じゃあなんで5両も自由席なのか?それは諫早でわかることとなる。
自由席5両の威力か車内はガラガラ。余裕で席にありつけた。落ち着いてシュウマイを食べることに。満席だとこの中華のニオイに気もひけるが、がらがらなので気も楽である。やや小ぶりなシュウマイであったが結構おいしかった。 佐賀、肥前山口を過ぎると単線となる。スピードも落ちる。カーブも増える。「白いかもめ」はうねうねと身をくねらせながら行く。ようやく周りが明るくなってきたが、曇り空のせいか8時ごろでもかなり暗い。肥前鹿島を過ぎてしばらくすると海が見えてきた。普通ならば見事な海に映る朝焼け・・・を楽しめたはずが、曇りでは景色も半減である。そして諫早着。 諫早では・・・すごい行列が出来ていた。今までガラガラだった5両編成の自由席はたちまち満席に。言うまでもなく長崎への通勤、通学客である。諫早〜長崎は自由席特急料金が300円なので、通勤等での利用が多いのだ。5両の自由席はこのためにあるといっても過言ではないだろう。 諫早からは15分ほどで長崎である。途中先行する「あかつき」をあっというまに抜き、8時37分。定刻に長崎駅についた。天気は曇り空。でも雨の心配はなさそう。 長崎市内観光〜歩け。歩けよ私は観光は徒歩が基本である。とりあえず観光マップを見て、築町まで路面電車、そこからオランダ坂〜孔子廟〜大浦天主堂〜グラバー園と歩いて回る事にした。が、長崎は坂の町。息切れが心配である。駅前から路面電車に乗り込む。運賃は日本一安い100円均一。1日乗車券(500円)もあるが、車内では発売しないので駅の観光案内所等で購入したい。その電車に揺られて、築町まで乗る。築町はちょっとした一大ジャンクションでバスターミナルや大型店なんかがある。 そこから徒歩でオランダ坂へ。私の目からみると「タダの坂」のようにも見えるが、一応由来等が書いてあって、歴史をかみしめながら歩きなさいといったところか。途中でコーヒー屋があるのはさすが長崎。 そして孔子廟へ。住宅街のど真ん中にあるが館内は結構広い。論語を彫った石版(?)が並べられ、読もうを努力するがあっけなく挫折。が、なんとなく意味がわかるのはやっぱり漢字だからなのだろう。 奧には博物館があって、中国の出土品が展示されている。狭いと思いきや、ボリュームは結構あるのでじっくり回ると結構時間がかかる。興味深いのが3階の中国の歴史年表。時系列にそって出来事が列挙しているが、時系列が完全に等間隔なのが特徴。これを見ると清朝〜中華民国〜中華人民共和国に至る流れは、中国の長い歴史のなかではほんの短い一瞬で起こったできごとに過ぎないことを嫌でも実感させられる。中国のスケールの大きさを具間見るところであった。 孔子廟から歩いて10分ほどで大浦天主堂である。歩いて10分といっても坂の上にあるので結構歩かないといけない。 大浦天主堂は現在でも実際に天主堂として使われているそうである。そういえば「ゆく年くる年」で年越しミサをやっていた記憶があったな。中は・・・なんといったらいいのだろう。完全な洋風の建築ではなく、どことなく日本的なイメージも持ち合わせているように見えるのは気のせいだろうか?ステンドグラスなんかは明らかに日本らしくないといえばそうなんだけど・・・ となりに資料館があり、切支丹(キリシタン)の歴史が展示されていた。キリシタンといえば島原の乱を思い出すが、長崎もかくれキリシタンの郷だということをすっかり忘れていた。マリア様と観音菩薩をたして2で割ったような像を見ると必至の思いをして信仰を守ってきた様子が伺いしれた。 そこからすぐのところにあるのがグラバー園。「グラバー」とは人の名前である。(トーマス=グラバー) 知ってはいたが、なんとなく花の名前ともとれるのは気のせいだろうか?(それはflower・・・) グラバー園自体かなり高いところにあるのだが、エスカレーターで登るのは意表を突かれた。そして入園すると今度は広い園内を、しかも高低差の大きな園内を回る事になるのだが、このあたりはうまくできていて、エスカレータ(・・・というか動く歩道)で一気に上がり、そこから順番に回りながら降りていくという寸法である。高低差のある庭園は全国でも珍しいが、動く歩道が設置されている庭園も珍しい。でもバリアフリー化の流れに沿っているといえばそうなんだけどね。 一気に上がってまず見えたのが旧三菱第二ドッグハウスである。そこの2階に上がるとそこがグラバー園最高地点である。そこのベランダから見える長崎の光景は、「長崎は坂の町」を強く印象付けるものであった。夜はさぞかしきれいだろう。・・・・もっとも函館などとは異なり造船などが発達している関係上、函館などとはかなり違ったイメージを持ったのであるが。 さて、そこから少しずつ降りていく。庭園とばかり思っていたが、ちょっと意味合いが違うようだ。どちらかというと、洋風建築を保存、展示しているところというイメージが強い。旧リンガー邸宅、旧オルト邸宅・・・ どれもこれも立派な邸宅て、各部屋に暖炉も置かれた豪華版。ただ、よく本などでみる欧州の家なんかと比べるとどことなく開放的なイメージがある。これはおそらくこちらのほうが気候的にも温暖だからなのだろうか?気のせいか・・・ いくつかの邸宅を見て共通するのが天井が高いこと。以前からこういう洋風建築は天井が高いなあと思っていたがなんとなく再確認させられた感じである。もっとも洋風建築で天井が低いとなんとなく独房みたいなイメージになって息苦しいことになるのは想像に難くないが。関係ないけど天井の掃除はどうするのだろう。(謎) いくつかある邸宅でやっぱりグラバー邸が一番というかなんとなく印象に残った。そのなんというかサンルーフというか太陽光を自然採光しているところがあって開放感が非常にあったからである。もっともこのサンルーフが後から作られたものならばがっかりであるが。あと天井に隠し部屋があったのはなんとなく忍者屋敷を想像してしまった。パンフレットを見るまで気がつかなかったが、グラバー邸って「四つ葉のクローバー」の形をしてたんだね。 さて、グラバー園を抜けてどうしようかと思ったがなんとなく旧香港上海銀行長崎支店へ。が、入口のドアは閉まっており、なんとなく入りにくそうな雰囲気。でも「開館中」の札を信じてドアを開けて館内へ・・・・ 誰もいない?
誰もいない館内は結構不気味だけど、それだけに趣きはある。ここでは長崎と貿易の歴史について主に展示されていた。考えてみれば貿易の中心は今でこそ横浜や神戸なんだろうけど、江戸時代はやっぱり長崎出島。明治になっても長崎は海外への玄関口として発展していったわけである。その証拠としてここのお客さんは中国人をはじめとする外国人のほうが圧倒的に多かったらしい。2階には喫茶室があり、当時の調度品等を用い、アンティークな雰囲気でコーヒーが飲める。そういえば長崎は日本で一番コーヒー消費が多いところ・・・だったかな? あと、さっきのグラバー園もそうなんだけど、長崎の洋館は2階や3階のテラスを開放しているところが多いが、ここもそう。ここのテラスからは海の香りが漂ってきた。 その後、どこへ行こうかしばし思案する。路面電車に乗り、地図を眺めるとシーボルト記念館がある。そうだ、ここにしよう。 蛍茶屋で降り、てくてく歩き出す・・・歩き出す・・・歩き出すんだけど・・・・ お〜い、どこじゃあ(泣) 仕方がないので近くのコンビニに駆け込み、シーボルト記念館の場所を確認する。 なんとなく山の上にありそうだ(←大間違い)。 (後編へ続く) |
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